わずか3時間半で個人特定、「匿名性」の落とし穴 <ソーシャル新人類の不夜城(7)-日経>

わずか3時間半で個人特定、「匿名性」の落とし穴> 本名を明かさなければ、ネットに何を書いても大丈夫――。 そう考えるのは大きな間違いだ。「炎上事件」を起こしたユーザーのアカウントは、ネット上の「特定班」によって、1日もかからずに白日の下にさらされる。ソーシャルメディアを使えば使うほど、隠したはずの個人情報の発掘は容易になる。今や「不夜城」と化したソーシャルメディアから、子どもたちを守るにはどうしたらいいのか。その処方箋を、元小学校教員でIT(情報通信)ジャーナリストの高橋暁子氏が解説する。今回は、匿名のはずの個人情報が暴かれる仕組みについて見ていく――

わずか3時間半で個人特定 「匿名性」の落とし穴
ソーシャル新人類の不夜城(7)
(日経 2014/6/10 7:00)

ネットの世界に匿名は存在しない。しかし、匿名で使えると過信している人が多く、それ故にトラブルが後を絶たない。

本連載では、ネットでは気が大きくなって大胆な発言に走りやすいという「発言の過激化」や、とにかく見てもらいたい、注目されたいという「承認欲求」、それに「炎上させることが正義」と考える第三者のユーザーが加わることで、炎上が本格化すると述べてきた。今回は、炎上のもう一つの火種となる「匿名性の過信」について考える。

■ 匿名なら違法行為も投稿できる?

わずか3時間半で個人特定_「匿名性」の落とし穴 _1大学1年生のA太は、Twitter(ツイッター)のヘビーユーザーだ。ただし友達同志でフォローし合っているくらいで、フォロワーの数はあまり多くない。チャットやメッセージの機能を利用することが多く、友達以外は好きなタレントやミュージシャンをフォローしているくらいだ。

A太はある飲食店でアルバイトをしていた。この店では余った食材は廃棄する決まりだったが、実際はバイトたちがこっそり家に持ち帰って食べることが少なくなかった。ある日A太は余った食材だけでなく、冷凍庫から新しい食材も抜き取り、「◎◎チェーンで今晩の食事パチってきました!まいど!」というツイートをして、写真も投稿した。フォロワーから「うらやましい」「今度俺にもお土産頼む」といった反応を受け、その場は盛り上がった。

それから2週間くらいたったある日、突然Twitter上で「A太は泥棒」「◎◎チェーンに通報しました」というツイートが、自分のアカウントに届くようになった。先ほどのツイートが知らぬうちに匿名掲示板に転載されて、騒ぎになっていたのだ。

その後、アルバイト先から真偽を確かめる電話がかかってきた。やり取りの結果、過去に遡って食材代を請求された上、アルバイトは解雇された。さらに大学にまで通報され、停学処分を受けてしまった。

アルバイト先での行為とともにネット上に書き込まれていた個人情報については、掲載先に削除を依頼したが、掲載先から情報が消えてもすぐに別のところに書き込まれた。家族や友達など周囲の助力を受けてA太は社会に復帰できたが、事件後しばらくは引きこもりのようになっていたという。

わずか3時間半で本名が白日の下に

わずか3時間半で個人特定_「匿名性」の落とし穴 _2あるメディアに勤務する記者にこんな話を聞いたことがある。「最近は事件を起こした人物の名前がわかったら、まずソーシャルメディアのアカウントを探す」――。FacebookやTwitter、mixi、ブログなどで、事件前後の書き込みが見つかるかもしれないからだ。そこで見つけた書き込みなどを元に記事を膨らませることもあるという。

友人限定公開で設定してあるアカウントを見付けたら、その友人に依頼して書き込みを閲覧することもある。「事件を起こす人に限って、何でも書いている。供述と矛盾がある書き込みが見つかっていいネタになることもある」と記者は教えてくれた。

炎上してから個人が特定されニュースになるまでの時間は、とても早い。 例えば某ホテルのアルバイト女子大生が、サッカー選手とタレントがデートで来訪したことをツイートし炎上した事件では、ツイートした個人が特定されるまでの時間が記録されている。

それによると、ツイートしてから約3時間後に2ちゃんねるにスレッドが立ち、わずか3時間半後には本名が判明。4時間後にはFacebookアカウントが発見され、顔写真が特定されている

さらに17時間後にはそのツイートを基にした記事がネットメディアに掲載され、約22時間後にはホテルが正式に謝罪した。 SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)時代のこのスピードに驚く人は多いのではないだろうか。 ツイートした女子大生は、わずか1日足らずでネット上に半永久的に個人情報をさらされ続ける羽目になってしまった。

このように、飲酒運転や未成年飲酒、キセルや万引きなどの違法行為、職業倫理や守秘義務違反、誹謗中傷や差別など誰かが不快に思う可能性がある行為にまつわる書き込みは炎上しやすい。その場の勢いで投稿したものが、あとあとついて回るだけに注意が必要だ。

個人情報の特定は「簡単」

私たちは、知らず知らずのうちに、ネット上に多くの情報をばらまいている。Twitterは匿名でも、Facebookやmixiで本名を使っていたり、ブログを開いていたり、写真や位置情報などを公開していることがある。これら複数の情報を照らし合わせることで、個人の特定ができてしまう。特にFacebookは本名も顔写真も掲載していることが多いため、得られる情報量も増えやすい。

特定にはかなりの時間と労力がかかるので、理由もなく一般の個人が特定されて、個人情報をさらされることはまずない。しかし、前述したような公序良俗に反するなどの理由がある場合、「特定班」「特定厨」と呼ばれる、個人情報の特定にたけた人たちによって個人情報を簡単に突き止められてしまう。本人に落ち度がなくても、ネットに公開された情報を基にストーカーが個人を特定するというケースもある。

個人情報の特定によく使われるのが、写真データに付与される「Exif」という属性情報だ。ここには撮影日時や撮影したカメラの機種番号などに加え、撮影した場所の緯度経度も記録できる。GPS(全地球測位システム)を内蔵しているスマートフォン(スマホ)のカメラで撮影した写真に、本人が意識しないまま位置情報が埋め込まれる場合もあるため注意が必要だ。

写真内に記録された情報は、「Exif読み取りソフト」を使うことで簡単に読み取れる。写真に位置情報が記録されていたら、撮影場所を簡単に割り出せてしまうのだ。

わずか3時間半で個人特定_「匿名性」の落とし穴 _3スマホの「位置情報サービス」をオフにするか、カメラなどのアプリの位置情報をオフにすることで防げるが、オンにしていると知らないまま写真の撮影位置を全世界に公開している可能性がある。

もっとアナログな手法で、本人がいる場所を特定されることもある。ある人気女子大生ブロガーB子は、飲食店に行く度に、店内で撮影した料理の写真をアップしていた。そんなある日「B子さんですよね?ブログの更新を見たので」と店内で見知らぬ男性に話しかけられた。それ以後、B子は店を出てから写真の投稿をするようにしているという。

Twitterのヘビーユーザー、女子高生C美はさらに怖い体験をした。C美は、最寄り駅に着いた、学校に着いた、何を食べたなどについて逐一リアルタイムでツイートしていた。顔写真も掲載しており、プロフィールでは学校名も明記していた。

ある日、学校帰りにいつものように最寄り駅に向かうと、突然現れた男性に「C美さん!」と抱きつかれそうになった。その後の調べで男性はC美のTwitterから1日の行動を把握しており、待ち伏せしていたことが分かった。幸いにも通りかかったサラリーマンが助けてくれたが、C美はそれ以来リアルタイムでツイートすることをやめたという。

匿名への過信が危険を呼ぶ

2ちゃんねるなどの匿名掲示板は、よく「荒れる」といわれる。この原因の一つに、意見の書き込みを「匿名」でできることがある。自分が誰か分からない状態なら、日常ではしないような内容の書き込みをするという人は少なくない。

ただし匿名掲示板の代名詞とされてきた2ちゃんねるでさえ、2013年に過去の書き込みなどを検索できる有料サービス「2ちゃんねるビューア」に登録していた会員の個人情報が流出したことがある。過去に匿名のつもりで暴言や誹謗中傷を書き込んでいたある作家が、自身の行為を謝罪するといった事件にまで波及してしまった。

わずか3時間半で個人特定_「匿名性」の落とし穴 _4これまで説明してきたように、我々は様々なサービス上に個人情報を残してしまっている。慣れた人の手にかかると、複数の情報を掛け合わせることで個人を特定できる。自ら個人情報を発信していたり、友人などから意図しない情報を公開されていることもある。

この問題は、子どもにもそのまま当てはまる。子どもたちはTwitterをLINEのように友達とのチャットツールあるいは、メールの代わりとして使っている。TwitterもLINEもスマホアプリで見ることが多いため、どちらも利用者がクローズドになっているかのように錯覚しやすい。

LINEでは、グループトークはグループに招待されないとトークを見られない。しかし、Twitterの通常の書き込みはフォローさえする必要がなくネットから閲覧できる。「Yahoo!!リアルタイム検索」を使って特定の単語を含むツイートを調べたり、特定の人のツイートをリストやお気に入りに入れて繰り返し見ている人もいる。

こうしたソーシャルのサービスごとの違いを自覚し、どうすれば炎上するのかを理解したうえで、たとえ匿名の場でも問題のある発言をしないことを心がける必要がある。

筆者は講演で、匿名を過信するとどうなるか、事例を挙げて説明している。そのような羽目に陥る心理や勘違い、サービスごとの違いについても説明している。そうすることで、少なくとも講演をした学校ではその後で炎上事例は起きていない。

周囲の大人たちは、子どもたちにそのような知識を積極的に伝えていくべきだ。知っていれば防げることを知らないため、自ら危険を招き寄せかねないという事実を知っておくべきだ。

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高橋暁子(たかはし・あきこ)
ITジャーナリスト、情報リテラシーアドバイザー。SNSなどのウェブサービス、子どもの携帯電話利用をはじめとした情報モラル教育、電子書籍などに詳しい。元小学校教員であり、昨今の教育問題にも精通している。本や記事の執筆のほか、携帯電話やSNSなどをテーマに講演、セミナー、監修、アドバイザーなども手がける。近著は『スマホ×ソーシャルで儲かる会社に変わる本』(日本実業出版社)、『ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条』(共著、マイナビ)
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[ITpro 2014年4月16日付の記事を基に再構成]

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2102M_R20C14A5000000/

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