BSザ・プレミアム 「撃墜 3人のパイロット」を見たが「これはいい!」の一言|【更新9月6日】 再放送⇒前編9月7日(日)午後1時~2時30分、後編の再放送、後編9月14日(日)午後1時~2時30分 

更新9月6日 再放送情報追加】 NHK・BSザ・プレミアム 「撃墜 3人のパイロット」、前編を見たが「これはいい!」の一言。 実在した日米中の3人の戦闘機パイロットの人生をドラマ化した番組ということで、そんなに期待しないで見たのだが…それがだ、非常にいい内容だったのだ。 随所に、モデルとなった実在パイロットたちの記録、映像、そのパイロットを知る人たちの証言映像が織り込まれ、非常に素晴らしい内容になっている。 太平洋戦争での日本海軍名パイロット・武藤金義の話はある程度知っていたが、このドラマを見て再認した。 愛媛県久良湾で引き上げられた旧日本軍最強の戦闘機「紫電改」がほぼ原形を保って引き上げられたのは、墜落して着水する際の操縦技術が超一級品の腕前でないと起こりえない奇跡的なことだったとはついぞ知らなかった。 NHKはこの前後編を再放送しなければならない。 再放送しないで、NHKオンデマンドで儲けようなどと思うな!

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9月6日再放送情報追加
BSザ・プレミアム 「撃墜 3人のパイロット」が再放送される!
前編の再放送 ☛ 9月7日(日)午後1時~2時30分
後編の再放送 ☛ 9月14日(日)午後1時~2時30分
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ザ・プレミアム「撃墜 3人のパイロット」_画像1
NHKの番組案内をクリップ――

ザ・プレミアム 撃墜 3人のパイロット

「空の宮本武蔵」と呼ばれる日本海軍の武藤金義。中国空軍の英雄、楽以琴。若きアメリカ兵、ロバート・アップルゲート。3人の若者の運命が、戦争と国家に翻弄され、大空でぶつかり合う。 1984年、アメリカ海軍の元パイロット、ロバート・アップルゲートのもとに、一人の歴史研究家が訪ねます。彼は、愛媛県久良湾で引き上げられた旧日本軍最強の戦闘機「紫電改」の写真を見せ、この戦闘機を撃墜したのはあなただと告げます。操縦していたのは、後に「空の宮本武蔵」と呼ばれることになる名パイロット・武藤金義であると言う。自分が撃墜したのはどんな男だったのか。調べるうちにアップルゲートは、武藤金義も日中戦争で中国空軍の英雄であるパイロット・楽以琴(ガク・イキン)を撃墜していたことを知ります。中国の英雄を日本の英雄が撃ち落とし、その日本の英雄をアメリカ人である自分が撃ち落とす。3人のパイロットの不思議な因縁を感じたアップルゲートは、大空に散った2人の人生を知る旅に出た…。

ザ・プレミアム「撃墜 3人のパイロット」_画像2
■ 前編 (BSプレミアム)8月9日午後7時30分~9時放送
前編の再放送 ☛ 9月7日(日)午後1時~2時30分
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1984年、アメリカ海軍の元パイロット、ロバート・アップルゲートのもとに、一人の歴史研究家が訪れ、『愛媛県久良湾で引き上げられた旧日本海軍最強の戦闘機「紫電改」を撃墜したのはあなたではないか』と告げた。操縦していたのは後に「空の宮本武蔵」と呼ばれた名パイロット・武藤金義であると言う。自分が撃墜したのはどんな男だったのか。調べるうちにアップルゲートは、武藤金義も初陣で中国空軍の英雄・楽以琴を撃墜していたことを知る。中国の英雄を日本の英雄が撃ち落とし、その日本の英雄をアメリカ人である自分が撃ち落とす。3人のパイロットの不思議な因縁を感じたアップルゲートは、大空に散った2人の人生を知る旅に出た…。

■ 後編 (BSプレミアム)8月16日午後7時30分~9時放送
後編の再放送 ☛ 9月7日(日)午後1時~2時30分
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2人の人生をたどるアップルゲートの旅は続いていた。 初陣で中国空軍の英雄・楽以琴を撃墜した武藤金義は、その後も多くの戦果を挙げ、歴戦の勇士として活躍した。結婚をし、子どもにも恵まれた武藤だが、日本軍の戦いは追いつめられていた。武藤は零戦を上回る新型戦闘機「紫電改」のパイロットとなり、本土防衛のためにアメリカ軍を迎え撃つ。対するアメリカ軍の中にいたのが、23歳のアップルゲートだった。豊後水道で壮絶な空中戦が始まった…。 3人の中でただ一人生き残ったアップルゲートは、この旅で何を知ったのか…。

■ 紫電改 

日本海軍が太平洋戦争末期に開発した局地戦闘機。零戦の倍の馬力を持つエンジンを搭載し、アメリカの最新鋭戦闘機に対抗できる唯一の戦闘機と言われた。少数しか製造されなかったため幻の戦闘機とされたが、1979年に愛媛県久良湾から1機の紫電改が引き上げられた。これが、国内に現存する唯一の紫電改である。

ザ・プレミアム「撃墜 3人のパイロット」_紫電改http://www4.nhk.or.jp/gekitsui/

以下は、Wikipedia 「武藤金義(むとう かねよし」からの抜粋です――

武藤 金義(むとう かねよし)画像_日本海軍の名パイロット武藤 金義は1945年6月末第三四三航空隊戦闘301飛行隊(新撰組)に異動する。源田実司令の希望指名による補充であった。4月15日に戦死した杉田庄一上飛曹の代わりとして隊長菅野直大尉の護衛役となることが期待された。坂井三郎と交換という形になったが交渉は難航したため補充は6月になった。武藤は源田司令に「私が来たからには菅野隊長は死なせませんよ」と約束した。

1945年7月24日343空は武藤含む21機で10倍以上の米機動部隊艦載機を迎撃するため大村から出撃。豊後水道上空の交戦で武藤は敵編隊に攻撃を加え、菅野隊長を襲う機体にも飛びつき撃墜した。激戦の中、武藤は源田司令との約束を守り切ったが、この戦闘で武藤は未帰還となった。詳細は不明であった。この日の戦闘で343空は武藤金義、鴛淵孝隊長など6名が未帰還となる。この戦闘は御嘉賞の御言葉を賜わり表彰されるものとなった。 戦死認定後、中尉に昇進。(菅野隊長もその後8月1日の戦闘で未帰還となる。)

戦後1978年11月愛媛県南宇和郡城辺町(現・南宇和郡愛南町)久良湾の海底で1945年7月24日の未帰還機と思われる紫電改が発見される。しかし諸々の危険性から引き上げに諸方面は消極的であった。武藤の遺族他元343空隊員、遺族からの引き上げてほしいという願いを代表し当時参議院議員の源田実元司令と自衛艦隊司令の相生高秀元副長が各方面に働き掛け引き上げられることになる。遺品などは残っておらず特定は困難であったが、301飛行隊の機体と思われることなどから武藤金義の機体である可能性も大きい。目撃情報から搭乗員は被弾や機体トラブルなど何らかの理由で戦場から離れ、操縦によって模範的不時着水を行い、機体とともに水没したとされる。武藤夫人は未帰還6人の共通の遺品とするべきだとした。343空隊員や遺族により慰霊式が執り行われられた。この紫電改は愛南町南レク馬瀬山公園の紫電改展示館に保存・展示されている。」

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