茨木・小1女児殺害事件、なぜ逮捕に8年半も要したのか?⇒初期捜査のDNA取り違えミスで捜査は大きく混乱した…一体、なにがあったのか

栃木県今市市(現日光市)の小学1年、吉田有希(ゆき)ちゃん殺害事件> なぜ、勝又拓哉(たくや)容疑者(32)逮捕に8年半もかかったのか? 勝又容疑者は当初から「不審者」として捜査線上に上がっていた、だが、女児の遺体から検出されたDNA型の照合に不手際があった。DNAの取り違えがあったのだ、それが捜査を大きく乱す原因となった。一体、どういう事なのか――

栃木県今市市(現日光市)の小学1年、吉田有希(ゆき)ちゃん殺害事件栃木小1殺害、逮捕まで8年半_捜査乱したDNA型_朝日新聞2014年6月10日<捜査乱したDNA型> 茨木小1殺害、逮捕まで8年半
(朝日新聞朝刊 2014年6月10日)

8年半の歳月を経て、容疑者を逮捕した栃木県今市市(現日光市)の小1女児殺人事件。物証が少ないながら、容疑者は当初から捜査線上にあがっていた。 なぜこれだけの時間を必要だったのか。 男の逮捕から10日で1週間になる。

9日、茨城県常陸大宮市三美(みよし)の山林。栃木、茨城両県警の合同捜査本部は無職勝又拓哉容疑者(32)=殺人容疑で逮捕=を立ち会わせて現場検証をした。被害女児を遺棄したとされる場所の詳細や運んだ方法などを確認した。

凶器も、被害女児の着衣や所持品も見つからないなか、事件が起きた当初から、捜査本部が頼りにしたのがDNA型だった。この山林で2005年12月2日に見つかった女児の遺体から検出された。

「不審者」として捜査線上に浮かんだ人たちから提供を受けた試料とDNA型を照合。型が合わない人を捜査対象から外していった。勝又容疑者も当初、「シロ」に分類した。06年ごろに複数回実施した任意の事情聴取でも、勝又容疑者は関与を否定した。

ところが、事件から3年後、捜査は大きく軌道修正を迫られた。09年にこのDNA型が発生当時の捜査幹部のものだったと判明したのだ。捜査の過程の不手際で、あやまって遺体と接した可能性が高いと考えられた。一度は「シロ」と判断した不審者たちへの捜査が振り出しに戻った。

この捜査幹部は取材に対して、「退職し、話す立場にない」とだけ語った。これに対して、当時の捜査員は「DNA型を基に対象から外した人物は相当いた。痛かった」と悔しがる。

捜査本部は同時に目撃証言から浮上した白いセダンを追いかけていた。勝又容疑者が白いセダン車、トヨタ「カリーナED」を所有していたことも把握していたが、任意捜査では車内を調べるのも困難だった。

ある捜査幹部は「攻めの捜査をしていれば、車内から痕跡が見つかったはず」と言う。一方、当時の幹部は「容疑が薄い段階での捜索は人権侵害になりかねない」。結局、勝又容疑者は任意聴取後に車をスクラップ処分し、初動捜査では迫れなかった。

カメラ映像、最新技術で解析

捜査が急展開したのは今年2月中旬。商標法違反容疑で1月に逮捕、起訴された勝又容疑者が、任意の調べに女児殺害への関与を認める供述を始めたという。

捜査本部は当初から、遺棄現場に通じる国道の通行記録で、勝又容疑者の車が遺棄時間帯の前後に往復していたことは把握していた。さらに、車種を特定できなかった道路沿いの防犯カメラの映像を最新技術で解析し、形状などからカリーナEDと特定。年式も勝又容疑者の車と一致した。容疑者の説明も、捜査本部が把握する防犯カメラの位置と重なったという。

栃木県警には過去に無実の男性を逮捕し、冤罪(えんざい)事件になった「足利事件」の苦い経験もある。DNA型鑑定を過信して虚偽自白させた▽自白が客観証拠と符合しなくても記憶違いや現場の変化と判断し、変遷する供述の吟味も不十分だった――と指摘された。

こうしたことから、捜査本部は今回、逮捕後に多くの聴取で録音・録画を導入している。捜査幹部は「取り調べ中の誘導などは一切ない」と強調する。宇都宮地検も任意聴取の段階から全ての過程で録音・録画を実施しているという。

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