<“認知症800万人”時代>行方不明者1万人~知られざる徘徊の実態~NHKスペシャル5/11

更新5/13「認知症の女性 7年ぶりに夫と再会」 追加 NHKスペシャル<“認知症800万人”時代>行方不明者1万人~知られざる徘徊の実態~ ⇒ 認知症の人、認知症の疑いがある人が徘徊などで行方不明に…。 こうした認知症の行方不明者について、NHKが各都道府県の警察本部に取材した結果、その数は2012年の1年間でのべ9,607人にも上り、うち351人が死亡、208人が2012年末時点でも行方不明のまま、という実態が明らかになった。 ほとんどの場合、事件でも事故でもないため情報が公開されず、埋もれ続けてきた認知症の行方不明者。

NHKスペシャル<“認知症800万人”時代>行方不明者1万人~知られざる徘徊の実態~NHKスペシャル <“認知症800万人”時代> 行方不明者1万人~知られざる徘徊の実態~
初回放送⇒2014年5月11日(日)午後9時00分~9時49分総合
再放送 ⇒ 2014年5月15日(木)午前0時40分~1時29分(14日深夜)総合

番組では、全国各地の警察への取材や自治体アンケートなども行い、認知症の行方不明者の実態と全体像を初めて明らかにする。 また、動き出した対策の現場も取材。浮き彫りになる課題を見つめ、悲劇を少しでも減らすために社会はどうすれば良いのか考えていく。 去年11月に2夜連続で放送し、大きな反響のあったシリーズ「“認知症800万人”時代」の第3弾として放送。

NHKスペシャル<“認知症800万人”時代>行方不明者1万人~知られざる徘徊の実態~画像1  NHKスペシャル<“認知症800万人”時代>行方不明者1万人~知られざる徘徊の実態~画像2

http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0511/index.html

NHK News Web

“認知症”で行方不明 何度も繰り返す実態
(NHKニューズ 5月11日19時07分)

認知症<行方不明1万人>家族アンケート_NHKニュース2014-5-11_画像1認知症やその疑いがあって行方不明となる人が年間1万人に上っている問題で、NHKが、行方が分からなくなったことがある120人余りの家族にアンケートした結果、行方不明になった回数は平均で6.3回に上り、何度も繰り返されている実態が明らかになりました。

認知症やその疑いがあり、はいかいなどで行方不明になったとして、警察に届けられた人は、おととし1年間に全国でおよそ1万人に上り、このうちおよそ350人の死亡が確認されています。

NHKは詳しい実態を明らかにするため、行方が分からなくなったことがある全国の125人の家族にアンケートを行いました。

認知症<行方不明1万人>家族アンケート_NHKニュース2014-5-11_画像2その結果、行方不明になり、警察に通報したり家族などで捜したりした回数は、平均で6.3回に上ることが分かりました。

認知症<行方不明1万人>家族アンケート_NHKニュース2014-5-11_画像3また、全体の78%が行方不明を複数回経験していて、最も多いケースで70回あったと答えるなど、行方不明が何度も繰り返されている実態が明らかになりました。

認知症<行方不明1万人>家族アンケート_NHKニュース2014-5-11_画像4また、捜す際、警察や周囲に協力を求めることに、ためらいがあるかどうか尋ねたところ、「大いにある」と「どちらかと言えばある」を合わせると74%に上りました。実際、警察のほかに誰に協力を求めたか複数回答で尋ねたところ、「家族・親戚」が68%と最も多くなっているのに対し、「ケアマネージャー」や「近所の人」といった家族以外はいずれも20%台にとどまっていました。

認知症に詳しい、認知症介護研究・研修東京センターの永田久美子部長は、「行方不明が繰り返されているにもかかわらず、SOSを出せず苦慮している家族の姿が浮き彫りになった。問題を家族だけに押しつけず、社会全体で解決を図っていく本格的な対策を、国や市町村は急ぐべきだ」と話しています。
認知症<行方不明1万人>家族アンケート_NHKニュース2014-5-11_画像5 認知症<行方不明1万人>家族アンケート_NHKニュース2014-5-11_画像6

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140511/t10014366411000.html

【記事追加 2014-5-14】 事実は小説よりも奇なり。 この5月11日夜放送のNHKスペシャルの番組の中で取り上げられた認知症の女性―平成19年に、群馬県館林市で保護されたあと、身元が分からないまま7年間、介護施設で暮らし続けている女性―に関し身元に関する情報が相次いで寄せられた。 これがきっかけとなり、夫が12日、館林市内の施設で面会し、女性は東京・浅草の柳田三重子さん(67)と確認されたいう。 NHKスペシャルがきっかけで、7年ぶりにの夫婦の再会となった(詳しくは、以下のNHKニュース記事を読んで下さい)――

認知症の女性 7年ぶりに夫と再会
(NHK 5月12日18時46分)

認知症で行方不明の女性_7年ぶりに夫と再会_NHKニュース2014年5月12日18時46分認知症やその疑いがあって行方不明となる人が年間およそ1万人に上っている問題で、無事、保護されたものの認知症のため身元が分からず7年間、群馬県内の施設で暮らし続けている女性についてNHKが番組で放送したことをきっかけに12日、夫が面会し、東京の67歳の女性と確認されました。この女性については下着に名前が書かれているなど多くの手がかりがありましたが、7年もの間、身元不明のままでした。

認知症やその疑いがあり、はいかいなどで行方不明になっている人が全国で年間およそ1万人に上っている問題で、NHKが全国の自治体などを取材した結果、無事、保護されたものの認知症のため名前や住所などの身元が分からず、施設などで今も暮らしている人が先月1日時点で少なくとも4人いました。

このうち平成19年に、群馬県館林市で保護されたあと、身元が分からないまま7年間、介護施設で暮らし続けている女性について、11日にNHKスペシャルで放送したところ、身元に関する情報が相次いで寄せられました。 これがきっかけとなり、夫が12日、館林市内の施設で面会し、女性は東京・浅草の柳田三重子さん(67)と確認されました。 三重子さんは4年ほど前から寝たきりになっていて、7年ぶりに再会した際、夫の滋夫さんは三重子さんの名前を何度も呼びかけ、手を握っていました。

滋夫さんによりますと、三重子さんの行方が分からなくなった直後、警察に届け出たほか、自分たちでもチラシを作って地域に情報提供を呼びかけたものの、手がかりは得られなかったということです。

柳田さんを巡っては、保護されたとき身に着けていた靴下に「ヤナギダ」、下着に「ミエコ」といずれもかたかなで書かれているなど多くの手がかりがありましたが、7年もの間、身元不明のままでした。

認知症のため身元が分からないまま施設で暮らしている人を巡っては先月、大阪市内の施設で暮らす男性がNHKのニュースをきっかけに兵庫県内の74歳の男性と判明し、2年ぶりに家族と再会しています。

■ 「神様はいるのではないか」

7年ぶりに三重子さんと再会した夫の滋夫さんは、「妻がいなくなって警察に捜索を依頼し、自分たちでチラシを貼ったが、情報はなく、ほかに探すすべがなくなり、月日がたつごとに諦めの気持ちが増していた。きょうがちょうど41回目の結婚記念日で、神様はいるのではないかと思った。一方で、覚悟はしていたものの、妻の病状は厳しく、今後の生活への戸惑いはある。いなくなってまもなく警察に保護され、その時点で名前が分かっていたはずで、もう少し早く見つかっていれば、病状を遅らせたりすることができたのではないかと思うので、とても残念だ」と話しています。

■ 三重子さんは元アナウンサー

三重子さんは大学を卒業後、4年間、ラジオ局「ニッポン放送」でアナウンサーなどとして勤めていました。 入社した新入社員を紹介する社内報の中で、三重子さんは「“言葉”の魅力に取りつかれ、日本語の一語一語が持つ美しさを音に出せるようなアナウンサーになりたい」と抱負をつづっています。 三重子さんは音楽番組などのアナウンサーを勤めたあと、編成部や演出部などを担当し、昭和48年3月にニッポン放送を退職したということです。
かつて同僚だった男性は、「アナウンサーとしてとても大切な情景描写が、大変上手なアナウンサーでした。一緒に音楽番組を担当しましたが、明るくて気配りのできる女性でした」と話していました。

■ 保護の経緯は

三重子さんが保護されたのは、7年前の平成19年10月30日午前0時半ごろでした。

群馬県館林市にある東武鉄道館林駅の近くの路上で、「後ろからついてくる女性がいる」という通報があり、交番で保護されました。 身なりは整っていましたが、認知症のため名前や住所が言えなかったため、警察は館林市に対応を委ねました。 館林市は旅先で病気などで倒れた人を意味する「行旅病人」として法律に基づいて市内の介護施設で保護しました。

名前をうかがわせる有力な手がかりがあり、靴下にはかたかなで「ヤナギダ」、下着には「ミエコ」と書かれていました。 しかし、保護されたとき、「クミコ」としか名乗らなかったため、館林市は保護の手続きに必要だとして「柳田久美子」という仮の名前をつけました。

また生年月日も外見から推測して昭和20年1月1日として住民票を作りました。 このほか身に着けていたものにも身元につながると思われる手がかりがありました。 指輪は3つ持っていて、そのうち結婚指輪とみられるものの内側には「5.12」「S to M」と彫られていました。 柳田さんは保護された当時、笑顔があふれ、よく歌を歌っていましたが、次第に表情が失われ、4年ほど前からは寝たきりになったということです。

■ 家族の対応は

家族によりますと、三重子さんは東京・浅草で夫の滋夫さんと母親の3人で暮らしていました。

三重子さんは、行方不明になる2年ほど前の58歳ごろから物忘れが目立つようになり、その後、若年性のアルツハイマー型の認知症と診断されていました。 行方が分からなくなったのは平成19年10月29日の夕方です。 デイサービスから帰宅し、近くに住む親族を訪ねたのを最後に行方が分からなくなり、家族は警察に届け出たということです。

滋夫さんによりますと、警察は三重子さんの顔写真を載せた公開手配のチラシを2万から3万枚作成し、群馬県を含む関東6県の交番などに貼り出したと説明したということです。 また家族もポスターを作って地域で情報提供を呼びかけたということです。 しかし、手がかりはつかめなかったということです。

ほかに家族で捜すすべもなくなり、滋夫さんはこのまま見つからなければ、ことしの年末にも法律上、死亡したものとみなす失踪宣告の手続きを行うことを検討していたということです。

■ 「身元不明」警察の対応は

警視庁は柳田さんが行方不明になった2日後の平成19年10月31日、地元の浅草警察署が家族から家出人の届け出を受けていました。

届け出に基づいて、警視庁は全国の行方不明者の情報を共有するオンラインシステムに「柳田三重子」という名前と読みがな、それに身長などの体の特徴を登録したということです。

また、翌年の1月、浅草警察署は柳田さんの家族が作った顔写真や服装などを記載したチラシを関係する県に配布したということですが、チラシの枚数やどこの県に配布したかは記録が残っておらず、確認できないとしています。

一方、群馬県警察本部から警視庁の本部には、柳田さんが保護された平成19年10月30日と、入所する施設が決まった11月1日の2回、「迷い人」として顔写真や服装などを記載した文書が送られていました。 しかし、名前は記されていなかったということです。 ちょうど相前後して家出人の届け出を受けていた浅草警察署に、警視庁の本部からこの文書が回ることもなく、警視庁がこの「迷い人」を柳田さんと認識することはできませんでした。

今回、柳田さんの所在が判明したことについて警視庁は、「発見するまでに7年かかったことは残念で、今後一層行方不明者の早期発見に努めたい」と話しています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140512/t10014391691000.html

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中