日本人の「普通」が中国人の「劣等感」を刺激する(日経BPコラム記事2013年7月3日)|一読の価値あるコラム記事だ、説得力のある話だと思う…

日経BPで連載されている中島恵(なかじま・けい)氏のコラム「再来一杯中国茶」、7月3日掲載の記事は<日本人の「普通」が中国人の「劣等感」を刺激する>というものだったが、非常に説得力のある内容だ。 ナールホド、日本人が当たり前だと思っている安心・安全や行き届いたサービスは中国人にとっては中国では手に入らないものなのだ。 ゆえに、日本人にとっての普通のことは中国人の「劣等感」をもろに刺激する。 劣等感は嫉妬となり、日本への大いなる反発となる。 中島氏は色々な例を出しているが、ナールホドと納得してしまった。 ただし、記事末尾の御意見にはいささか賛同しかねるが。 コラム記事をクリップして掲載、読んで見ては?――

日本人の「普通」が中国人の「劣等感」を刺激する
(日経BP 2013年7月3日)

相変わらず好転する気配のない日中関係。先ごろ中国政府が「問題を棚上げにすること」を条件に、日中首脳会談を提案し、日本側が拒否していたことが明らかになったばかりだ。

こんな状態が、かれこれ一年近く続いている。そんな中、私はずっと不思議に思っていたことがあった。日中の経済交流や人の往来はこれほど活発なのに、なぜ「日本のいいイメージ」は中国になかなか伝播していかないのか? インターネットがここまで発達し、情報量が増えてもなお、誤解が減るどころか不信感が増し、相互理解へと前進していかないのか? という素朴な疑問である。

情報の伝達手段に問題があるのだろうか? あるいは、日中関係に関しては、人から人へと「正しい情報」が伝わりにくい何か特別な理由でもあるのか?

というのは、私はこれまで数多くの中国人と接してきたが、彼らの対日イメージがそれほど悪いとは どうしても思えないからだ。私が比較的親日的な人に会っているから、という要因もあるだろう。だが、親日的な中国人を媒介として、それ以外の大多数の中国から出たことのない中国人に、「本当の日本」について、もう少し正しい情報やいいイメージが広がってもよさそうなものではないだろうか?

少なくとも「直接、日本人と袖すりあったことがある人」は、日本に対してそこまで悪いイメージは持っていない、というのが私の感触だ。お互いの生身の人間と接したことがあるやなしや? そこがその国のイメージの良しあしに影響を与える“分岐点”のように私は思う。

私はくすぶっている思いを幾人かの中国人にぶつけてみた。

■ 「帰国した時一番辛いのは日本の話題」

「昔日本に留学していたとき、一番つらかったのは旧正月に帰省して親戚一同が集まるときだったね。何かの拍子で日本のニュースが話題に上ると、伯父や叔母が一斉に日本の悪口をいい出すんだ。私が日本留学中なのはみんな知っているんだよ。でも全然気に留めない。私はただ黙ってうつむいて、黙々と料理を食べ、嵐が過ぎ去るのを待つしかなかったんだ……」

上海で漢方クリニックを経営する陳偉彬(45歳)は10年前に帰国。私は数年に一度の割合で彼に連絡を取ってきたが、彼のこの言葉は7、8年前に聞いたものだった。先日、久しぶりに会ったので再度この話をしてみたのだが、「今でもあまり変わっていないよ。日本を嫌いな親戚はそのまんまだよ」という答えが返ってきた。

「仕方がないんだ。みんな日本に行ったこともないし、日本人とつき合ったこともないんだからさ。日本鬼子(日本の蔑称)のイメージしかないんだよ。反論していたらどうなっていたかって? 誰も自分のいうことなんて信じないよ。言うだけ無駄。言えば逆に総攻撃にあってしまう。だから日本を理解してもらおうなんてこと、もうあきらめたよ」

今の彼の生活や仕事に“日本”はもうほとんど関係がない。日本留学で得た経験は人生の肥やしにはなっただろうが、彼と日本との縁は細くなっていく一方のようだった。

以前、北京で知り合ったビジネスマン、謝文兵(50歳)にもメールで同様の質問を送ってみた。謝も10年以上日本企業で働いた経験があり、現在は故郷の北京に戻り、その中国法人で働いている。

「ああ、陳さんの気持ちは痛いほどよくわかりますね。私を含めほとんどの日本留学経験者が同じように苦い経験をしているんじゃないかな? 自分の場合は反論もしますよ。本当の日本はこうなんですよ、と自分なりに中国で日本の印象をよくしようと孤軍奮闘しているんです。でも、親戚や友人は何かひとつでもテレビで見た実例があると、それを盾にして日本攻撃に出てきます。そうすると、太刀打ちできなくなってしまうんですね……」

親戚が持ち出す日本攻撃の実例とは、たとえば日本の学校で問題になっている体罰やいじめの問題だ。詳しい背景や原因まで中国では報道されないが、一般の中国人はそうしたニュースを聞くとすぐに日中戦争を連想する。親戚も戦争を知らない世代なのだが、抗日ドラマや歴史教科書で培われた「日本の負のイメージ」が体罰やいじめと重なって「やっぱり、日本という国は……」と固定化する材料にされてしまう。「いや、でも、それは日本のごく一部の出来事であって……」という反論は説得力を持ちにくい。

尖閣問題が起きたときもそうだった。石原慎太郎都知事(当時)が東京都による購入計画を持ち出したとき、野田佳彦首相(当時)がそれを封じ込められないでいる状況が話題に出た。親戚は一様に「首相は国家の指導者なのに、どうして地方の長である石原を押さえつけられないのか? 本当は裏でグルになっているんだろ」と謝に食ってかかったという。中国では中央指導部のトップが上で地方は下という権力構造となっており、そもそも日本とは国家体制が大きく異なる。謝が「日本では地方自治は国家権力から独立している」と説明しても、理解してもらえなかった。

もうひとつ、私は「日本のいいイメージが中国で広まらない」理由として、かつて東京で私に中国語を教えてくれていた恩師、周杏華(58歳)から、はっとさせられる話を聞いた。周に電話をかけたとき、彼女は「私は自分からあえて日本のいいことは話さないように注意しているのよ」と打ち明けてくれたのだ。私は周から詳しい話を聞くため、上海から高速鉄道に乗り、周が住む杭州まで足を伸ばしてみた。

■ 親友からの痛撃

周はこんな話をしてくれた。

「以前は私が日本に行くというと、友人たちから、あれ買ってきて、これ買ってきて、と買い物リストを渡されて困ったものだった。日本製品は壊れないし、品質がいいからと大人気だった。でも最近はみんな自分で日本旅行に行けるようになったでしょ。すると、今度は私に具体的な質問をしてくるようになったの。『北海道でたらば蟹を食べたらいくら?』とか『銀座でこのブランドのバッグを買うとしたら、どの店に行けばいいの?』とかね」

周はできるだけ調べて教えてあげるようにしていたし、友人たちもインターネットでかなり日本の情報を得ているようだった。日本についての情報はこの数年で何倍にも増え、時代錯誤な質問をする人はいなくなり、日本に対する理解や興味も増してきたと感じていた。

だが、あるとき、周はついうっかり余計なことをしゃべってしまい、友人たちから思わぬ反撃を食らった。それはこんなささいな言葉だった。

「日本人は送料をごまかしたりしないから大丈夫、安心していいわよ」

周は親切のつもりだった。中国では業者にだまされることが日常茶飯事で、常に注意深くしている必要があるが、日本ではそんなことはない。どこでも均一に高いサービスを提供してくれると教えてあげたつもりだったのだが、友人の態度は豹変した。

「中国人は必ず送料をごまかして、日本人は絶対ごまかさないとでもいうの!?」

日頃親しくしていた友人の言葉だけに、周は驚きのあまり凍りついてしまった。そんなつもりではなかったと言い訳し謝ったが、「あなたは日本語ができるからだまされないだけよ」と皮肉まで言われてしまったというのだ。

その友人だけではない。周が以前、病気治療のために日本に行ったときにも別の友人から「永住権を持っているんでしょ。すぐに日本に行ける身分の人はいいわね~。私が同じ病気をしたら中国のヤブ医者にしか診てもらえないわ」といわれたこともあり、悲しくなったという。

「こんな話、中島さんには言えても、中国の友だちには絶対できないのよ。どこであげ足を取られるかわからないから……。残念だけど、中国ではまだ外国のいいところを褒めたら周囲の人に嫌われちゃう。大国になったけれど、屈辱の歴史からまだ抜け出せていないし、自信も持てない“ひがみ根性”があるのよ。中国ではお金があっても買えないもの、できないことがまだたくさんあるから……」

そういえば以前、中国人の友人と上海のホテルのロビーでおしゃべりしていたとき、高性能のマスクをつけた日本人出張者を横目で見た友人は「なんか、これ見よがしなんだよな。中国人への当てつけかな。わずか数日の滞在なのに大げさなんだよ。365日この汚い空気を吸わされている俺たちの身にもなってみてほしいよ」と自虐ぎみに笑っていたっけ。

■ 日本人が普通にしているだけで、劣等感を刺激される

こんなことを言う彼は日本のことが大好きで、マスクが中国人への当てつけではないこともちゃんと分かっている。

「でも、自分たち中国人がのどから手が出るほど欲しても手に入れられない安心や安全を、日本人はいとも簡単に手に入れている。それなのに、そうしたことに感謝しないどころか、当たり前だと思っている(と中国人からは見える)日本人に対し、劣等感やいら立ちのようなものを感じるときがあるんだ」

友人はこう正直な気持ちを吐露してくれた。「やわでお上品な日本人には厳しい環境で生きている俺たち中国人の気持ちは永遠にわからないだろうな」と彼に言われたとき、私はどんな表情をしていいかわからなかった。

どんなに高い空気清浄機を使っても、どんな高級マンションに住もうとも、大気汚染は個人のお金や努力では解決できない問題だ。先ごろ中国の有名ブランドのミネラルウォーターの安全基準が水道水より低かったという衝撃的なニュースが流れたばかりだが、こんなに豊かになったはずの中国で、赤ちゃん用の安全な粉ミルクさえ十分に手に入らず、香港まで買いに行く始末だ。高級料理店に行ってどんなに高額な料理を注文しても、必ず安全な食材を使っているという保証や確信を中国人は持つことができない。

お財布には現金やカードがどっさり入っていても、内心は心細く、日常生活にさえ不安やイライラを抱えながら生きなければいけない。だから、日本をよく知る友人から、「日本の食品は安い上に安全なんだ。日本では水道の水だって飲めるんだよ。おなかも壊さないよ」などと能天気な感想をいわれるとしゃくに障る。たとえそれが日本を褒めて言っているわけではない、ただの雑談だとしても、その話を素直に聞き入れることなど、悔しくて到底できないのだ。

中国人はノービザで行ける国はほとんどないのをご存知だろうか? どんなにお金持ちでも、中国国籍である以上、ほとんどの国に行く度にビザが必要でパスポートの信頼度も低い。だが、日本は全く逆で、ビザが必要なのはインドなど数カ国だけに限られる。日本に帰化した友人がうっかり中国で「日本国のパスポートは出入国スタンプを押すページだけだから薄いんだよ」と知り合いに話したらすごく嫌な顔をされたと話していた。(※ 実際は日本のパスポートは44ページ、中国は48ページで大差ない。だが、中国のパスポートはビザ取得の証印(シール)を貼る機会が多い分、使い始めてみると日本のパスポートよりも分厚くなる。そのイメージから彼はそう勘違いしたのかもしれない)

つまりは、中国人が大枚はたいても買えないものが日本にはあまりにもそろっている、うらやましさがひがみの元になっているのである。

もちろん、それだけではない。中国人の屈折した心の内には、やはり戦争の歴史も色濃く関係している。かつては世界の大国だったのに、アヘン戦争後に日本や欧米列強の侵略を受け屈辱を味わった。食うや食わずの苦しい生活を強いられてきた国民は、豊かになった今も被害者意識や劣等感でいっぱいだ。そうした過去から這い出してようやく経済成長を果たし、GDPではついに世界第2位の座にまで上り詰めた。

■ 国力に見合わない「不安」の裏返し

「どうだ、自分たちはここまで来たんだぞ」という喜びや自信がある半面、その自信を裏打ちするだけの精神的なゆとりのある生活ができていないことは、当の中国人自身が一番よく知っている。それに「いじめられた思い出」は心のトラウマとなって残っており、まだ癒されていない。だから「今もまだ自分たちは日本や欧米から見下されているんじゃないか? 大国なのにバカにされるってどういうこと!」という気持ちを払拭できないでいるのだ。

日本に住む中国人留学生が、必ずといっていいほど本国に住む中国人から聞かれることがある。それは「日本にいる中国人は日本人にいじめられているんでしょう?」という質問だ。「そんなことはないよ。日本人は親切だよ」と真正面から直球で反論しても信じてもらえない。

ある中国人留学生にこの話をしたら、彼も同じ質問を受けるといい、自分はこのように切り返すと教えてくれた。

「日本は過剰に気を使い合う社会。留学生の僕にもみんなとても気を使ってくれる。だから僕は日本にいてとても居心地がいいんですよ。日本人は中国人のことが本当は好きではないかもしれないけれど、表面上はちゃんと気を使ってくれますよ」

中国では「気を使われる方が立場が上」という位置づけだ。だから、彼がこのように説明をすると中国人の友だちはみんな納得し、満足そうにしているという。

「僕がこう話していると知ったら日本人の方は気分が悪いかもしれないですね。ごめんなさい。でもこれは、嘘も方便というか、僕なりに中国で日本の印象をよくしようと思ってがんばっているからなんです。バイアスがかかった中国人に、日本について一定の理解をしてもらうための『前進のための誤解』が必要だと自分は思っています。今はその過程にある。わかってください」

彼はこう話してくれた。「前進のための誤解」とは、おもしろい視点だ。

日中の間に立っている人は、大なり小なり、いつもこのような会話のキャッチボールに悩み、両国間に少しでもいいイメージを広げようと、時には誤解されることも織り込んで、苦心惨憺しているのだろう。

私自身も中国人と話す時は、留学生の彼と同じく、やや相手側の立場に立つことを心がけている。中国人のプライドを傷つけず、心をほぐすのには仕方ないことかもしれないと思う。

■ 譲る理由があるとしたら、こちらの方が大人だからだ

例えば、中国人に日本の物価をたずねられたとき。東京の和食のランチは平均いくら、居酒屋はいくらと説明する。そのときに「日本は中国と違ってもう長い間経済成長していないから、物価も10年前からほとんど上がっていないんですよ。物価がグングン上がっている上海からしたらすごく安いでしょう?」とつけ加える。

東京の人気店は予約が必要だという話をするときにも、「中国人のように行き当たりばったりで行ったって入れないよ」などと“本当”のことは言わず、「日本人は心配性な性格だから、何日も前から計画するでしょ。そうするといい席は予約で席が埋まってしまうから、あなたもしておいた方がいいわ」と言ってみる。このように言うことで中国人は素直に受け取ってくれるようだ。

「なんで、日本人ばかりが中国人に気を使い、譲歩しなければいけないのか?」という意見もあるかもしれない。私は引っ越しできない“ご近所つき合い”という関係では、どちらが上とか下ではなく、まず自分が謙虚な気持ちになって「こんにちは~」と門をたたき、歩み寄らなければ、いつまでたっても良好な関係は築けないと思う。もちろん、門をたたく勇気を持つ方が「大人」だ。

要は本当のご近所さんだと思って、相手の立場に立って考え、自分が一歩引いて話すという、人つき合いの基本マナーが、違う国の住民同士にも必要なのだ。個人が国の良いイメージを広げていくには、これが近道だと私は思っている。

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著者プロフィール】 中島 恵(なかじま・けい)
ジャーナリスト。 1967年、山梨県生まれ。1990年、日刊工業新聞社に入社。国際部でアジア、中国担当。トウ小平氏の娘、呉儀・元副総理などにインタビュー。退職後、香港中文大学に留学。1996年より、中国、台湾、香港、東南アジアのビジネス事情、社会事情などを執筆している。 主な著書:『中国人エリートは日本人をこう見る』(日経プレミアシリーズ)2012
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http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130702/250508/?bv_ru

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