「被災者帰れ」 住民と避難者のあつれき 検証・大震災:福島 (毎日新聞) クリップ

東日本大震災の被災地でありながら、東京電力福島第1原発事故の多くの避難者を受け入れている福島県いわき市。 その「いわき市」にもともと住んでいる住民と原発事故の避難住民とのあつれきが震災から2年以上たった今も続く、と毎日新聞が5月24日に報道している。 いったいどういう状況なのか、電子版報道を追ってみた。

避難先の街に落書き「被災者帰れ」いわき市は福島第1原発から南に約40キロに位置する福島県最大の都市で、人口約33万人、そこに約2万4千人の避難者が一挙に移り住んだ。 いわき市に建てられた仮設住宅は36カ所、計約3300戸に上る。 一挙に住民が増えた街は、さまざまなきしみを生んだ。 例えば医療機関の混雑。 以前から医師・看護師不足が顕在化していたところに、避難者たちによる医療機関利用の増加によって元来の住民患者の利用にしわ寄せが起きている。 また、地元の住民へのしわ寄せとなっている住居、住宅不足、などなど。 これはほんの一例なのだが、このような日々の生活で生じる軋轢(あつれき)が「非難住民 VS もともとの住民」という感情的対立を生み出しているようだ。 感情的対立は一部の人間による嫌がらせ行為へとエスカレートしているようだ。

感情的対立はおいそれと解決できない状況になってきているのではないか。 なぜなら、福島県浪江、双葉、大熊、富岡の4町は避難区域再編で5年以上帰還できない区域などに指定されおり、その4町からの避難は長期化、大規模化する模様だ。 避難生活は数十年続くとみられているのだ。

さて、配信されている記事を以下にクリップ(画像クリックで拡大)――

検証・大震災: 福島・いわき市民と避難者、続く摩擦 親睦会場に「帰れ」落書き
(毎日新聞 2013年05月24日 東京朝刊)

検証・大震災_福島・いわき市民と避難者「被災者帰れ」(毎日)1膝の高さほどの箱形プランター二つは白く塗り直されているが、下の板には黒スプレーの跡がまだ残る。東日本大震災で大きな被害を受けながら、東京電力福島第1原発事故による2万人超の被災者を受け入れている福島県いわき市の市関連施設で昨年暮れ、「被災者帰れ」と黒い文字で落書きされているのが見つかった。現場は市役所本庁舎と内郷、常磐両公民館の3カ所と市は発表した。だが、「第4の現場」があった。 【町田徳丈】

検証・大震災_福島・いわき市民と避難者「被災者帰れ」(毎日)21同市中央台の「いわきニュータウン」。中心部に建ついわきニュータウンセンタービル前のプランターがそれだ。他の3カ所と文言は一緒。漢字の間違い2点も同じだった。昨年12月23日、センタービル前の駐車場では、近くの仮設住宅に入居するいわき市と広野、楢葉両町の被災者や周辺住民らに参加を呼びかけ、クリスマスイベントが開かれていた。

主催者の一人で東京のグラフィックデザイナー、水谷孝次さん(62)は、いわき市民と避難住民にあつれきが生じていることを事前に聞かされた。周辺の仮設住宅は計1000戸、入居者は約2400人。人口の大量流入で道路やスーパー、医療機関が混み合い、住宅も不足していること。原発被害の賠償金に差があること……。水谷さんは当日、「大変ですが、笑顔の力でいろいろな問題を解決してもらいたい」とあいさつした。だが、翌々日のクリスマス。出勤してきたビル職員が目にしたのは、5文字の落書きだった。 いわき市で何が起きているのか。現場を尋ね歩いた。

http://mainichi.jp/feature/20110311/news/20130524ddm001040066000c.html

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検証・大震災:福島・いわき市の現状 共生遮る誤解の連鎖

(毎日新聞 2013年05月24日 東京朝刊)

東日本大震災の被災地でありながら、東京電力福島第1原発事故の多くの避難者を受け入れている福島県いわき市。もとの住民とのあつれきは震災から2年以上たった今も続く。その背景を追った。

 落書き、住民の本音を代弁「もといた人が遠慮している」

いわき市の市役所など4カ所に「被災者帰れ」と黒スプレーで落書きされて間もない昨年12月28日。市に「今回の役所の落書きの事件に関して」と題するメールが市民から寄せられた。

「公共の場に落書きは許されず、書いた人は捕まるべきです。しかし、こういったのが書かれる程、いわき市民と双葉避難民との軋轢(あつれき)は、悪化の一途を辿(たど)っているのも事実です。実際、彼らが避難してきてから、道路でのマナーは悪化し、病院などのインフラを無償化で湯水のごとく使うために、元からの市民が使うのに影響が出、挙(げ)句、市に家を作りつつも双葉地区に住民票を置き、自治会にも入らないという話まで聞こえ、彼らに対する陰口は絶える事がありません」(原文、一部略)

年が明け、事件1カ月後の1月23日には「いわきの環境について」というメールが届いた。

「私は二十代の者です。生まれてからずっといわきに住んでいて、いわきの環境が大好きでした。しかし、震災を境にいわきが嫌いになりつつあります。理由は、避難者の人口増加です。震災後、危険な運転をする車が増え、何度も危ない目に合いました。全てが避難者とは限りませんが、人口増加ゆえに運転手のストレスがたまっているのは確かです。スーパーや飲食店も人で溢(あふ)れています。そろそろ家を建てたいと思ったのですが、土地もありません。どうして、私達(たち)がこのような思いをしなければならないのでしょうか? 困ったときは助け合うのが大事だと思いますが、今のいわきは避難者が中心となり堂々と生活する中、もともといわきにいた人が遠慮して住んでいるように感じます」(同)

いわき市には大震災の後、福島第1原発事故に伴い双葉郡8町村を中心に約2万4000人が避難し、原発作業員らを含めると、人口約33万人の1割に当たる3万人前後が流入しているとされる。

同市の渡辺敬夫市長は昨年7月、国や県との福島復興再生協議会で「ごみは1割増、(震災前から)医師不足だったのに医療は3割増。仮設住宅近くの診療所の先生は疲れてやめたいという話も出ている」と訴えた。

渡辺市長は今年2月にも同協議会で「歯医者は震災前は1週間に2回ぐらい予約が取れたのに、いまは1カ月で1、2回しか取れない」と嘆いた。双葉郡からの避難住民は医療費が無料になっているのが混雑の一因と見る市民もいる。

落書き現場の一つ、「いわきニュータウン」がある同市中央台の住民でまちづくりに関わる高木淳一さん(56)は、やり場のない市民の思いを推し量ってか、こう解説した。「あの落書きは良いわけではない。ただ、本当にいわき(市民の気持ち)を代弁している」

 ◇避難者「好きでここさ来ているわけではないのに」

 ◇ささいな中傷が増幅 賠償金格差や賃貸不足で拍車

中央台は丘陵を切り開いた造成地にある。震災から3度目の遅い春を迎え、新緑の木々の間に山桜の薄紅色が映える。起伏に富んだニュータウンには、いわき市内36カ所の仮設住宅のうち12カ所が集中し、計1000戸に約2400人が入居する。このうち1カ所にいわき市の津波被害者らが入り、残りはほぼ全て広野、楢葉両町の被災者だ。

落書きがあった昨年12月23日、被災者との交流を図るクリスマスイベントが開かれたいわきニュータウンセンタービル。ここから車で2?3分走ると、楢葉町の避難住民が入居する仮設住宅に着く。軒先で包丁を研いでいた山内貞勝さん(74)もイベントに参加した。歌や大道芸を楽しみ、避難生活の悩みもいっとき忘れられた。

落書き事件には「誰が書いたかなんて言わんねえ(言いたくない)。でも、原発で月10万円もらえっから、いわきの人からうらやましがられるんでねえかな」と感じる。楢葉町など原発避難自治体の住民には精神的損害に対して東電から1人月10万円の賠償があるが、いわき市民はトータルで1人につき8万円(妊婦や子供は48万円)に限られる。

「親子6人で暮らされんなら、そんな金いらねえ、本当に」と山内さんは言う。震災前は一緒に暮らした3歳と4歳の孫は、長男の妻とともに東京に避難した。楽しみだった孫との散歩も今はできない。「だから『帰れ』だのいたずらされるなんて、誰も思わなかったっぺ」と寂しそうな顔をした。

楢葉町の自宅は津波で1メートル以上浸水した。町は「2015年に帰還を」と説明するが、原発事故でいまだ放射線量は高く、除染の見通しも立たない。2年以上家を空け、買い替えが必要な物もある。だから「賠償金はいまは使えない」という。

同じ仮設住宅の大和田幸良さん(76)は、混雑する店舗をなるべく避けて買い物をするようになった。「自重しなければならない部分がある。遠慮して、迷惑をかけないように」。武藤幸子さん(55)も肩身の狭い思いを抱える。昨春、いわき市内の山間部であったイベントに夫婦で参加し昼食をとっていた時、隣のテーブルの人たちに話しかけられ、楢葉町から避難していると伝えた。すると、「あんたらはいいよね。遊んでいながらお金もらえるんだから」と言われた。以後、楢葉町から避難していることは話さないと決めた。「私らだって好きでここさ来ているわけではないのに」

 □

いわきニュータウンは地域振興整備公団(現・都市再生機構)が開発し、1982年から分譲が始まった。530ヘクタールを造成し、約4900世帯、約1万3800人(仮設住宅を除く)が暮らしている。入居者の給与水準も高く「いわきのビバリーヒルズ」とも呼ばれた。だが、バブル経済崩壊後は売れ行きが鈍り震災前には290区画が売れ残っていた。

震災後、利用未定だった用地が仮設住宅建設地に充てられた。一方、震災から4カ月ほどたった一昨年7月から宅地売買の申し込みが殺到し、昨年8月には290区画がほぼ売り検証・大震災_福島・いわき市民と避難者「被災者帰れ」(毎日)6切れた。転売を含めると90区画以上は帰郷が難しい双葉郡の人たちが契約したという。

仮設住宅から道1本挟んだ中央台高久4丁目付近は真新しい家が建ち並び、今もつち音が絶えない。「どうやって売ろうかと苦労していた状態だった。想像を超えた動きが震災で起きた」。都市再生機構いわき営業所の浅野雅之所長は驚きを隠さない。

不動産の活況は市内全域に広がる。住宅地価の平均変動率(上昇・下落率)は16年ぶりにプラスとなり、県内の上位19位までがいわき市だ。

市内で活動する「土地と建物よろず相談室」のメンバーで不動産会社を営む矢吹匠さん(59)は「震災直後はスーパーの特売日のようにずらっとお客さんが来た。塩漬けになっていたものがオセロゲームみたいに一挙に反対になって売れてしまう。バブルの時にもなかった状況」と言う。賃貸住宅も、約1万8000戸あった空き物件が瞬く間に埋まった。契約更新時に家賃を値上げする家主もいる。

そのしわ寄せは市民生活に及ぶ。市内の不動産会社「報徳土地」の星由美営業部長は「市民が結婚しても空きがなく、新居を構えられない。給料が上がっていないのに不動産の値段だけ上がり、マイホームに手が届かない」と語る。市内で就職が内定しても住居がなく、泣く泣く辞退したケースさえあるという。

住宅不足は解消に向かうのか。県宅地建物取引業協会の佐藤光代副会長兼いわき支部長は「物件はないのに、新規開発に投資をする人は誰もいない。(原発事故後に)一応安全だと言いながら、いつどのような状況になるのか分からないから」と、暗い見通しを口にした。

 ◇「お互い気持ちはわかる」

「双葉郡の被災者は賠償金をもらってぜいたくしている」。そんないわき市民の声を聞き、仮設住宅が集まる地域に近い大型量販店をのぞいた。午前11時になると、レジに列ができ始める。店長は「仮設住宅の方々が買いに来る時間。高齢者が多いですよ」と教えてくれた。

全国展開しているこの大型量販店は震災後、屈指の売り上げを誇る。好調な月は東京・新宿の店舗を上回るほど。家電などが売れ、震災前より3~4割の売り上げ増。店長は「仮設住宅の方々の購買意欲は非常に旺盛」と説明する。

双葉郡からの避難住民に尋ねた。「仕事を失い今は暇だから買い物に行ってしまうと余計なものを買ってしまう」という女性もいた。だが、多くの人は「以前から遠くにある大型店で週1回のまとめ買いをしていた。肉や魚は冷凍しているから余分な物を買っているわけではない」と口をそろえる。こうしたことが誤解を招いているのかもしれない。賠償金も同様だ。広野町では昨年8月末、精神的損害の支払いが終了したのに、「まだ補償が続いている」と思い込んでいる周辺住民もいる。

記者が市内を歩いていると、うわさ話を真顔で語る市民が少なくない。「入金者欄にずらっと東電と書き込まれた残高数千万円の通帳を仮設住宅近くで拾った人がいる」「仮設住宅にタクシーを呼びつけて、パチンコ屋まで乗っていく」。あつれきが誤解やうわさ話で増幅されている印象を受けた。

住民間のあつれきは、そもそも市民生活の中に起きたさざ波のような小さな変化から始まる。中央台の男性(68)の場合はこうだ。自宅の目の前に仮設住宅が建ち始めた一昨年の夏、近くの交差点の渋滞が気になり出した。住宅の新築ラッシュで大型トラックが増え、車の接触事故が相次ぐ。地区内で工事をしている全部の業者を調べ上げ、警備を徹底するよう頼んだ。いつしかストレスを感じている自分に気づいた。

仮設住宅の避難者には干渉せず、距離を置く。「目に見える特効薬はないからお互い我慢するしかない。帰れとは言えない。いわきに住みたいという避難者の気持ちは痛いほど分かるから」

被災地なのに「光が当たっていない」という感情もいわき市民の心境を複雑にする。津波で自宅が全壊し、中央台の仮設住宅に入居しているいわき市民の鈴木恒次さん(81)は、海が近い元の場所に戻るのはあきらめ、別の地区の高台に長男が家を建てる。家に帰れないのは原発避難者と同じだが、賠償には大きな差がある。「ある程度の差は仕方ないが、なるべく肩を並べるようにしてほしい。私らは取り残されてしまったみたい」

中央台のまちづくりに関わる高木さんは、落書きについて考え続けている。「犯人は見つからなくていい。自分の心の中に犯人がいることに気づかないと。悪かったのは、相手を思いやれなかった自分なんだと」

 ◇仮の町構想、寝耳に水 不満噴出、苦情390件

昨年8月28日。いわき市内で渡辺敬夫・同市長と双葉郡8町村の浪江、双葉、大熊、富岡、楢葉、広野の各町長、葛尾村長、川内村副村長が顔をそろえた。市主催で3回目となる原発避難に伴う意見交換会。これまでは公開だったが、前日に急きょ非公開と取り決められた。

会合で配られた資料の中に1枚の紙があった。「非公開・当会議限り」と記され、原発避難者を巡っていわき市に寄せられた263件の苦情がまとめられていた。

「この苦情は一部のいわき市民の意見にすぎず、市全体の意見だと思われても困る。そういうものを見せつけられた市民も避難者も両方嫌な気分になると考えた」。非公開の理由を市復興支援室の寺島範行・室長補佐は語る。

苦情が集まったのは、渡辺市長のある発言が発端だった。その年の4月9日、平野達男復興相(当時)と意見交換した後、報道陣にこうこぼした。「(原発事故で)賠償していただいている避難者の方々で働いていない方もいらっしゃるわけです。一方、いわき市民は(賠償も少額で)みんな働いている。そういう中で、特にパチンコ屋とかいろんなとこが今どこも満杯。これが1年、2年たってどうなるか心配している

避難者の生活ぶりに不満を表明し、後に「パチンコ発言」と呼ばれるこのコメントが翌朝報じられると、市長の意見に賛同するかのように、市には避難者を巡る苦情が殺到した。

当時、市には何の相談もないまま、避難自治体の「仮の町」をいわき市に設ける構想が浮上。この時の仮の町はニュータウンのように学校や病院が1カ所に集中的に設置され、市内に「治外法権」のような場所が作られるイメージで語られていた。仮設住宅の中には市を通さず、他の自治体が地権者と直接交渉して建つケースもあった。既に避難者とのあつれきが積もる中、渡辺市長の発言で不安や不満が一気に噴き出した。

苦情は今年2月末時点で約390件に達する。1件で複数の指摘もあり、内訳は(1)住民税など税負担の公平性を求めるもの約230件(2)住宅事情の逼迫(ひっぱく)約140件(3)病院の混雑約130件(4)ごみの出し方や交通ルールなどマナー面約120件(5)道路の混雑約110件。

昨年8月の意見交換会でこうした苦情を知った浪江町の馬場有(たもつ)町長は「思いがけない話を聞きました」と顔を曇らせ、こう気遣った。「私どもは原発で避難したんだと(の被害者意識から)、いわき市民の方に理解できない態度をとったりする。市の報告を聞くと、つらいところがある。町の責任者として町民の皆さんにお話ししたい。我々ばかりが被災者じゃない、いわき市民も被災者だよ、ということを

苦情の呼び水の一つとなった「仮の町」という言葉が最初に報じられたのは11年12月18日。政府が避難区域の再編を地元自治体に伝えた際、井戸川克隆・双葉町長(当時)が口にした。候補地の一つとして白羽の矢が立ったのが、原発避難者の多くが住まいを求めていたいわき市だった。

だが、その後も国や県、避難自治体からいわき市に正式な打診はなく、渡辺市長は昨年4月9日の平野復興相との会談でいらだちをあらわにした。「いわき市と双葉郡は磐城国(いわきのくに)といわれ、歴史、文化的背景、気候も同じで何とか(支援を)したいが、仮の町のことは何も聞いていない」

検証・大震災_福島・いわき市民と避難者「被災者帰れ」(毎日)5その席で原発避難に関する国と県、避難自治体の枠組みに、避難者を受け入れた自治体も含めるよう要請したことを受け、「長期避難者等の生活拠点の検討協議会」が設置された。昨年9月22日、全体会の初会合。いわき市は仮の町について、一点集中のニュータウン型ではなく、周辺住民に溶け込みやすい「分散型」を提案した。同時に、避難者を受け入れるための新たな「制度設計」を国に求めた。

その一つは住民票だ。避難者全員が住民票を移すと、元の町村の住民はゼロになる。このため国は避難者が元の住民票のまま他の自治体で生活することを認めているが、受け入れた側の住民は「住民税も払わず公共サービスにただ乗りしている」と不公平感を抱く。市は国が考え方を整理するよう訴えた

二つ目は特別交付税。仮に住民票を移さなくても、避難者受け入れに伴うゴミ処理など上積みされた費用は、個別に算定すれば国から特別交付税を充てられている。しかし、いわき市財政課の飯尾仁課長は「個別算定できない部分がある」と指摘する

「例えば公園や道路、公共施設。道路は避難者も多く通っているが、それで傷んだ金額をカウントするのは無理。公共施設は住民からの税で建てるから市民の利用料を安くできる。でも、避難者がどれだけ使ったかは数えられない」

いわき市は昨年10月、復興庁に算定方法を提示するよう求めたが回答はなく、今年2月には福島復興局長や福島復興再生総局事務局長に、書面を示して市の考え方を提案した。算定できない部分は避難者の人口に応じて積算する内容だった。説明に当たった飯尾課長は「毎回同じことを話した。そのたびに相手は変わる。でも全然進展しなかった。そもそも国から『こういうルールだから受け入れてくれないか』と言ってくるのが筋ではないか」と憤る。

制度設計に関して復興庁は今月20日にようやく、いわき市に回答した。算定できない費用は、避難者数に応じた積算に見直す方針を示した。一方、住民票の扱いは従来と変わらず、いわき市民の不公平感は残ったままだ。

住民のあつれきを聞くのは誰もがつらい。でも、被災地の今の姿を見つめることは「人の復興」のためには避けて通れない。

 ◇家族5人、福島で暮らしたい―父残し広島に避難の女児

昨年8月6日、広島市であった平和記念式典で、福島県いわき市から避難している小学6年生の作文「幸せな世界」の一節が世界に発信された。

「私の家族は五人います。でも今、広島にいるのは、四人だけです。東日本大震災が起きてしまったからです。お父さんは仕事をしなくてはならないので、広島に住むことができません。福島には、自分の家でくらしたくてもくらせない人がたくさんいるし、福島第1原発からはなれたくても、仕事でそこに入らなければならない人もいます。私は、一日でも早く、福島で家族五人が安心して、楽しくくらせる、あたり前の日が来てほしいと思っています」(抜粋)

検証・大震災_福島・いわき市民と避難者「被災者帰れ」(毎日)7作文を書いたのは震災直後、いわき市立平三小から広島市立船越小に転校した三浦友菜(ゆうな)さん(12)。地元でオフィス機器販売会社を営む父芳一郎さん(43)は悩み抜いた末、3人の娘を妻綾さん(40)の実家がある広島市に避難させた。いわき市では多数の被災者が流入する一方、約3500世帯、約7600人が市外に避難し、三浦さん一家のように分断された家族も少なくない。

検証・大震災_福島・いわき市民と避難者「被災者帰れ」(毎日)8創業者の父秀一さん(75)から後を継ぎ、社員26人、年間売上高10億円近くまで成長した会社の取引先には、原発事故で避難を強いられた双葉郡の事業者も多い。震災直後、一度は会社の清算も考えたが、取引先から「もう一度、福島を再生させたい」と聞かされた。「これまで世話になり、会社を育ててくれた人たちが困っている時に逃げられない」

いわきに残った芳一郎さんは、理事長を務めた地元青年会議所(JC)や仕事先を通じて、被災した事業者に融資や職場をあっせんした。富岡町から家族で避難したホテル経営者の仲間からいわきで事業を再開したいと相談された時には付き合いのある建設会社を紹介した。再開のための土地を確保できたと聞かされた。

広島といわきを行き来する綾さんは今年初め、楢葉町民が入居する仮設住宅で支援活動を続ける女性ボランティアからこんな話を持ちかけられた。「市民と避難者がお互いにわだかまりがあったままではよくない。仲良くしていくために出会いの場を」。4年前から託児や料理教室の場として自宅を近所の主婦らに開放してサロンを開いていた綾さんは月1回、避難してきた女性たちと地元の母親たちが語り合うカフェを併設することにした。

サロンは主婦仲間も手伝ってくれる。1月、仮設住宅に出向き、「子育てでも何でも相談して」と声を掛けた。綾さんは思う。「あつれきが広がる中、古里を失った人たちを思いやる友人たちが誇らしい。やっぱり、いわきは自分の居場所なんだ」

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■ことば
いわき市と「仮の町」(町外コミュニティー)
1966年に14市町村が合併し発足。高度経済成長期まで本州最大規模の炭鉱「常磐炭田」の町としてにぎわった。閉山後は工業化を図り、2009年の製造品出荷額は東北地方1位。沿岸部では漁業も盛ん。東日本大震災では仙台市の約25万棟に次ぐ9万棟以上の建物が被害に遭い、死者数は441人。原発避難者が生活する「仮の町」は双葉郡と相馬郡の6町村が検討しており、このうち浪江、双葉、大熊、富岡4町はいわき市を候補地の一つとする。ただ、昨年7月に閣議決定された福島復興再生基本方針では「仮の町」ではなく「町外コミュニティー」と表現された。
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http://mainichi.jp/feature/20110311/news/20130524ddm010040016000c.html

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仮設に暮らして-大震災から2年(3)あつれき/避難者と市民、溝深く
(河北新報 2013年03月05日)

仮設に暮らして-大震災から2年(3)あつれき(河北新報)国産高級車のボンネットに青と黄のペンキが掛けられていた。外車の前部にも。

1月9日朝、いわき市中央台の仮設住宅。駐車場の車2台にいたずらされたのが見つかった。福島第1原発事故で避難した福島県広野町の住民約530人が暮らす。

市内のほかの3カ所の仮設住宅でも車5台が同様の被害に遭ったことが分かった。前夜に集中して狙われたようで、警察は同一犯の可能性があるとみている。
事件は未解決で、避難者の男性(70)は「仮設住宅は高齢者が多くて不安だ」と気に病む。警察は監視カメラや「パトロール強化中」の看板を設ける防犯対策に乗り出した。

いわき市で原発事故避難者への嫌がらせが後を絶たない。  昨年12月には、市役所の本庁と支所の玄関などに「被災者帰れ」とスプレーで落書きされた….(リンクに続く) http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20130305_09.htm

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「被災者帰れ」 住民と避難者のあつれき 検証・大震災:福島 (毎日新聞) クリップ」への1件のフィードバック

  1. 元々いわき市に住んでいるという人の話を(義兄弟にあたる友人から)聞きました。
    「避難民には一人1億振り込まれたらしい。5人家族なら5億。突然通帳に入ったらしい。自分たちは全部で8万なのに!」と憤慨していたそうです。病院などの混雑、交通事故(避難民が乗り慣れない高級外車を乗って起こす)その他、先住の市民との感情的対立がものすごいことになっているとも。1億は10キロ圏内らしいとの話で、20キロ圏内だと数千万らしいと。これは本当なんでしょうか、本当だったらあり得ない金額だと思うのですが。国もマスコミも情報操作しているので本当のことを知りたくてもできないのでとても気になり続けています。ヤフーかなにかのニュースに対する書込みを読んでいたら、被災者と思われる人が「宝くじに当たった感覚。生活には困っていない。」と投稿していた。しかも東電には財源がないので国が税金から拠出したとも聞いたそうです。

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