対馬仏像盗難、「窃盗犯の正体は」(朝鮮日報をクリップ)|韓国よ、さっさと返せ「対馬の仏像」!!!

韓国よ、さっさと返せ「対馬の仏像」!!!  文化財保護の術(すべ)を知らぬ韓国が持つようようなものではない。

朝鮮日報が「対馬仏像窃盗犯」らの詳細を4月9日に配信していた、遅ればせながら、紹介したい――今回の仏像窃盗に関与したとして摘発されたのは、合わせて9人。対馬に渡って仏像を盗んだ実行犯は4人だ。4人の年齢はそれぞれ70歳、66歳、60歳、50歳で、最高齢2人は大邱出身の兄弟。年を重ねているだけあって経歴も派手で、4人の前科を全て合わせると56犯に達した。いずれも韓国国内での犯行だ。 主犯とみられる人物は、窃盗団の中で最高齢のキム容疑者(70)、前科13犯で、グループでの犯行を得意とする。 その実弟のキム容疑者(66)は文化財荒らしを得意とする。 、この兄弟は一生の半分を盗みに費やしている。

窃盗団4人の中で最年少のキム容疑者(50)=慶尚北道亀尾出身=は、文化財窃盗のために犬を毒殺したという過去がある。 かつて韓国の文化財を盗んだ際、韓屋(韓国の伝統家屋)の屋根瓦を外して侵入していた。これは対馬で仏像を盗んだ際にも使った手口だ。キム容疑者は最年少だが、前科の数(18犯)は窃盗団の中で最も多い。 残る1人のカン容疑者(60)は前科14犯で、ほとんどが窃盗。カン容疑者はまだ逮捕されておらず、指名手配中だ。

「対馬遠征」の理由はまず第一に、現地の文化財管理が緩いということ。 第二に、対馬では韓国の観光客向けにハングルの表示板が多く、比較的活動しやすいということ。 4人は、日本語ができない….

以上は朝鮮日報の記事の抜粋だが、詳細は以下にクリップした記事で(画像はクリックで拡大)――

「対馬仏像窃盗犯の正体は」(朝鮮日報2013-4-9)

自称「愛国者」、対馬仏像窃盗犯の正体は
(朝鮮日報 2013/04/09 12:42)

平均年齢62歳という4人組の高齢窃盗団の犯行が、韓日の外交関係に微妙な波紋を生じさせている。4人が日本の対馬で盗んだ国宝級の仏像が、かつて韓国から略奪されたものの可能性があるとの主張が出ているからだ。仏像は回収されたが、日本には返還されていない。

韓国の裁判所は「仏像が日本に渡った経緯が明らかになるまで、日本には返還しない」という仮処分の申し立てを受け入れた。すると日本側は政府高官が、韓国政府に対し速やかな返還を求めた。

問題の仏像は、統一新羅時代の銅造如来立像と高麗時代の金銅観音菩薩座像。このうち国宝級の銅造如来立像は、既に1974年に日本で1億円の評価額が付いている。

問題が起こると、インターネット上には「愛国者論」が登場した。「略奪品を見つけ出した、気概ある泥棒たち」というわけだ。「正当なやり方ではないが、犯罪には当たらない」という主張も見られた。摘発された泥棒たちも、予想外の反応を見せているようだ。警察によると「日本が奪ったものを探し出したのに、何か間違っているのか」「韓国の文化財がきちんと保存されることを望む」と主張しているという。4人の泥棒のうち3人は「無念さを韓国国民に直接訴えたい」として国民参与裁判を要求した。

4人は愛国者なのか。それとも、単なるいやしい泥棒なのか。検察の起訴記録や過去の裁判記録、証言から「泥棒たちの真の姿」を追った。

シェパードを毒殺して文化財を盗んだことも

今回の仏像窃盗に関与したとして摘発されたのは、合わせて9人。対馬に渡って仏像を盗んだ実行犯は4人だ。4人の年齢はそれぞれ70歳、66歳、60歳、50歳で、最高齢2人は大邱出身の兄弟。年を重ねているだけあって経歴も派手で、4人の前科を全て合わせると56犯に達した。いずれも韓国国内での犯行だ。

警察が主犯とみている人物は、窃盗団の中で最高齢のキム容疑者(70)だ。古物商や喫茶店などを営んでいたが盗みに手を染め、「星」の数は13個に達する。常習犯に下される青松刑務所での保護監護処分(刑期満了後さらに収容されて職業訓練などを受ける制度、現在は廃止)も2回受けている。それでも、犯行をやめることはなかった。

これまでの判決記録を見ると、キム容疑者は2002年1月から2月にかけて、済州で共犯2人と共に盗みを働いた。キム容疑者のグループは車で移動し、無人のスーパーマーケットやディスカウントスーパーなど7カ所に切断機を使って押し入り、外国製のたばこを盗んだ。青松刑務所で保護監護を終えて出所してから、わずか1週間後の犯行だった。2度目の青松刑務所暮らしを終えて出所してから1年後の05年8月には、白昼に慶尚北道浦項市で発電機店を荒らした。キム容疑者の手口は、主に夜間にグループで空き家や店舗を荒らす「特殊窃盗」だった。

グループでの犯行を得意とする兄に対し、実弟のキム容疑者(66)の「特技」は文化財荒らし。弟のキム容疑者は1999年、原州のある博物館で展示されていた硯滴(けんてき=すずりの水差し)を、偽物にすり替えるという手法で盗んだ。2000年には忠清南道一帯を回り、名門の家のやしろに祭られていた肖像画類を盗んで捕まった。キム容疑者が盗んだ肖像画の中には、朝鮮王朝の世宗代に工曹判書(公共事業などを行う行政機関の長官)を務めた崔竜蘇(チェ・ヨンソ)の肖像画もあった。05年には慶尚南道居昌で、2億6000万ウォン(現在のレートで約2200万円、以下同じ)相当の文化財を盗んだ。その中には、1巻7000万ウォン(約600万円)に上る古文書もあった。

この弟も保護監護処分を受け、兄が服役した青松刑務所に収監された。弟の前科は11犯。窃盗団を摘発した大田警察庁広域捜査隊の関係者は「父親が古美術品取引をしていたということ以外に、この兄弟が一生の半分をなぜ盗みに費やしたのか、教えてくれる材料はない」と語った。

窃盗団4人の中で最年少のキム容疑者(50)=慶尚北道亀尾出身=は、文化財窃盗のために犬を毒殺したという過去がある。09年に全羅南道霊光のある旧家から文化財600点を盗んだ際、キム被告は殺虫剤を混ぜた肉をジャーマン・シェパードに食べさせ、即死させた。またキム容疑者は、かつて韓国の文化財を盗んだ際、韓屋(韓国の伝統家屋)の屋根瓦を外して侵入していた。これは対馬で仏像を盗んだ際にも使った手口だ。キム容疑者は最年少だが、前科の数(18犯)は窃盗団の中で最も多い。

残る1人のカン容疑者(60)は前科14犯で、ほとんどが窃盗。カン容疑者はまだ逮捕されておらず、指名手配中だ。

管理体制が甘い対馬を狙う

4人が大邱の喫茶店に集まったのは昨年8月のこと。既に捕まっている3人のうち2人は、警察の取り調べに対し「(最高齢者の)キム容疑者が主導した」と供述したが、キム容疑者本人は「弟がやった」と主張している。4人はそこで「一つ大仕事をやって足を洗おう」と意気投合した。そのときに目を付けたのが「対馬の仏像」だった。4人は、この仏像がかつて韓国にあったものという事実を知っていた。

しかし警察は「愛国的動機」の可能性を一蹴した。警察が挙げる「対馬遠征」の理由は二つある。まず第一に、現地の文化財管理が緩いということ。日本では、個人が所有する文化財は個人が保管しているケースが多い。盗まれた2体の仏像も、寺が無人の施設で保管していた。文化財庁の関係者は「韓国なら、寺や遺跡の文化財はいずれもインターネットに登録され、盗まれても流通は極めて困難」と語った。第二に、対馬では韓国の観光客向けにハングルの表示板が多く、比較的活動しやすいということ。4人は、日本語ができない。

問題は資金だった。対馬に行くためには、国際旅客船を利用し、かつ現地で宿を取らなければならなかった。窃盗に必要な道具を持ち、さらに仏像を運搬するためには、レンタカーも必要だった。しかし、主犯格のキム容疑者(兄)は基礎生活保障(生活保護に相当)の受給者だった。残りのうち2人も極貧だった。

4人は、慶尚南道昌原のチャン容疑者(51)を仲間に引き入れた。チャン容疑者は昌原地域の事業家で、12人の構成員を抱える組織暴力団「P派」の顧問を務めている人物。暴行など18の前科がある。1996年に結成されたP派は、99年に馬山のクリスタル・ホテル前で抗争相手の組織のメンバーを惨殺した、悪名高い暴力団だ。窃盗団で最年長のキム容疑者が、チャン容疑者から手に入れた資金は4000万ウォン(約340万円)。チャン容疑者は盗んだ仏像を韓国で処分する「故買屋(盗品を買い取る店)」の役割も引き受けた。

盗んだ仏像の韓国への持ち込みを担当した人物は、風俗犯罪など前科5犯のソン容疑者(60)だ。日本の市場から骨董(こっとう)品を持ち込み、釜山・慶尚南道一帯で競売にかけている業者だった。過去10年の間に200回以上も日本に渡航し、釜山港の職員とは顔見知りだった。

高齢に過労…主犯、下見中に倒れる

窃盗団4人は、昨年8月と9月の2度にわたり、対馬の寺や神社を下見した。下見を2回行った理由は、1回目の下見中、最高齢のキム容疑者が酷暑に耐え切れず倒れてしまい、対馬の病院に10日余り入院したからだ。キム容疑者は、高脂血症・高血圧・狭心症などの持病を抱えていた。

4人が「仕事」のため対馬に入ったのは昨年10月初め。それから6日間、対馬を縦断しながら寺や神社3カ所を荒らし、仏像2体を盗んだ。最高齢のキム容疑者が見張り役を務め、残る3人が現場に潜入し仏像を盗んだ。

4人は盗んだ仏像を、対馬に来ていた「故買屋」のチャン容疑者に渡した。チャン容疑者は船で対馬から福岡に向かい、仏像をソン容疑者に渡した。ソン容疑者は警察の取り調べに対し「福岡港にはX線検査がないので、福岡から釜山に搬入するのは容易だった」と供述した。

ソン容疑者は、釜山港で「安物の模造品」だと言いつくろった。当直の文化財鑑定官も「模造品」と判定した。国宝級の仏像は、こうして韓国に持ち込まれた。しかし、密輸という形を取らず堂々と通関したことが、後に犯行が明るみに出る決定的な手掛かりになった。日本政府の通報を受けて行方を追っていた警察が、形の似ている2体の仏像が釜山港経由で搬入されたという記録を確認したのだ。警察はソン容疑者を捕まえ、その後チャン容疑者、窃盗団の順で次々と摘発した。慶尚南道昌原にあるチャン容疑者所有の倉庫で仏像が発見されたのは、今年1月17日。その後は、現在に至るまで韓国文化財庁が保管している。

摘発後に生じた兄弟間の亀裂

ソン容疑者、チャン容疑者に続いて警察に捕まった最高齢のキム容疑者は、潔白を主張した。「仏像を持ってきただけで、盗んではいない」というのだ。窃盗の現場に行っていないキム容疑者は「宿にいて、現場から1キロ離れた場所で風に当たっていた」と主張した。

対馬に行ったことについても「日本の民芸品を安く買うため、弟の一行に同行しただけ」と主張した。つまり、弟がやった、というわけだ。しかし、後に捕まった弟は「3人が盗みを行う間、兄が見張りをして現場を指揮した」と供述した。これに対し兄のキム容疑者は「実の弟が、なぜ自分をどんどん陥れようとしているのか分からない。残念だ」と警察に語った。

お互い、主犯の汚名を相手に着せようとする兄弟の争いは激しい。2人は裁判所が選任した無料の国選弁護人を断り、それぞれ私選の弁護人を選任することにしたという。

キム容疑者兄弟には、捜査中に1人の面会人も訪れなかったという。私食はおろか身に着ける下着すらなく、「故買屋」のチャン容疑者に頼んで服を何着かもらったとのことだ。

捜査チームの関係者は「窃盗犯が“愛国”を口にするのは、はっきり言って詭弁(きべん)」と語った。「盗んだこと自体が過ちだが盗んだ後に愛国心に目覚めたというのなら、博物館や文化財庁に仏像をさっさと持っていくべきなのに、なぜ倉庫に隠していたのか」というわけだ。実際、故買屋のチャン容疑者は捕まる前、複数の転売ルートを調べていた。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/04/09//2013040901125.html

J-Cast ニュース(2013/4/10 18:48)によると「韓国・聯合ニュース電子版は4月10日、窃盗団に対する公判の様子を報じた。被告たちは当初「国民に直接訴えたい」として、韓国版の陪審員制度である「国民参与裁判」を求めたというが、この日の裁判で申請が却下されたという。次回公判は5月1日に開かれる。国民の関心が高く、テレビカメラが撮影を許可される異例の裁判になっている。」ということなので、5月1日の裁判が見ものだ。

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