検証・尖閣国有化(3) 中国指導部、真夏の「急変」|石原都知事の意図を曲解する民主のボクちゃんたち、外交戦略なきアホ民主政権が中国指導部を読める訳がない…

石原都知事の意図を曲解する民主のボクちゃんたち、外交戦略なきアホ民主政権が中国指導部を読める訳がない…

中国指導部、真夏の「急変」  検証・尖閣国有化(3)
(日経「コンフィンデンシャル」 2013/3/27)

■ 水一杯の会談

2012年8月19日、うだるような熱波に見舞われた盛夏にあって、この日は珍しく朝から雨模様だった。

その夜、首相の野田佳彦は首相公邸の執務室に密かに東京都知事の石原慎太郎を招き入れ、頂上会談に臨んだ。時計の針はすでに9時を過ぎようとしていた。テーブルを挟んで向き合った両者の目の前にはコップ一杯の水がポツンと置かれていた。その無機質な雰囲気がかえって、これから始める会談の重さを、その場に居合わせた全員に無言で告げているかのようでもあった。

検証・尖閣国有化(3)「できるだけ早くあの島を、今の個人の所有者から東京都なりが、石垣市も含めて、あるいは沖縄県も含めて、できれば国が一緒になって所有して、最後は国の責任であの島の実効支配を自主的にやってくれ」

石原自身の説明によれば、開口一番、石原は野田にそう切り出している。その様を見て、野田は「ストレートに切り込んできた」と受け止めた。

この時、石原が野田に言わんとしたのは、政府が尖閣諸島に「避難施設(船だまり)」を建設するなどして、日本による実効支配の実態を強化するのであれば、東京都による購入計画を取り下げる、ということだった。野田がその提案を飲めば、この時までに東京都に集まっている約14億5500万円もの寄付金も国に委託し、国有化を支援する意向も石原は伝えている。

「あそこに自衛隊を置けとは言わない。最低限、船だまりや無線の中継基地を造ってほしい。できれば灯台や有人の気象観測所も……」

野田を面前に見据えながら、石原はそう畳み掛け、尖閣諸島に関する実効支配の強化策について野田から何らかの言質を取ろうと試みた。だが、石原の説明によれば、野田は「考えさせてほしい」と述べただけだった。

この時のやりとりについて、石原の要請に基づき、会談に同席した当時「たちあがれ日本」幹事長(当時)の園田博之は「無線中継基地、灯台、船だまりなどを石原さんが提案すると、野田君は『灯台とかは何とかなるかもしれないが、船だまりは中国との関係が破裂する』から、到底、受け入れられない、と応じた」と証言する。

「石原さんにしては、穏やかな提案だと思う。受け入れてはどうか」

そう合いの手を入れた園田に対して、野田は「灯台や無線など、いくつかの対応は検討したが、船だまりだけは無理だという結論だ」と譲らなかった、と園田は振り返る。

しかし、この時、石原が数多くの記者会見でも決して詳(つまび)らかにしなかった、日本の命運を大きく左右する「重大発言」、あるいは、そう解釈されても仕方のないやりとりが野田・石原会談において交わされていた。そのことを最初に明らかにしたのは園田と「新党さきがけ」時代から近い関係にあり、野田政権を民主党・政調会長、そして後に内閣の一員である国家戦略担当相として支えていた前原誠司だった。

「(野田)首相は石原氏の発言にあきれ、国として所有しないと大変なことになると(考えた)」

前原は10月12日のテレビ朝日の番組でこう述べ、それまで明らかになっていなかった野田・石原会談の核心部分に触れた。この場で、前原は石原が野田に対して、「中国と戦争になってもやむを得ない」という趣旨の強硬論を展開したため、その後の事態を懸念した野田が国有化を急いだ、という見方を示している。

前原が石原による「問題発言」を聞いたのは、ほかでもない野田本人からだった。前原によれば、石原が首相公邸の一室で行った野田との極秘会談の内容を突然、記者会見で明らかにしてから数日後の9月4日夜、野田は首相公邸の同じ部屋に前原を密かに招き、石原とのやりとりについて詳細に説明し、国有化への理解と支援を求めている。

「都知事がこういうことを言い出さなかったら、問題は起きていない。(都は)自衛隊も持っていないのに気合だけで言ってもらっても困る」

テレビ番組の中で前原はこう述べ、石原を厳しく批判した。

野田・石原による直接対話の席上、石原は実際にどのような言葉づかいで、前原の言う「対中戦争も辞さず」という趣旨のことを野田に伝えたのか。この会合に出席、あるいは関係した複数の人間の記憶や、証言を束ねると、石原は以下のような趣旨のことを野田に伝えている。

船だまりなどを作る(=尖閣諸島に対する実効支配を強める)ことで中国と戦争になっても構わない。通常兵器なら日本は勝てる――。

その瞬間、野田は思わず、心の中でこう声を荒らげた。

「冗談ではない。自衛隊の最高指揮官は東京都知事ではなく、内閣総理大臣である自分なのだ」

それ以前から記者会見などで「大事なことは、血を流してでも守るんだという意思表示をすること」だと説いていた石原にとって、この場で口にした言葉にそれまでの言動と大きな差異はなかったのかもしれない。しかし、内閣総理大臣として日本の安全保障を担っていた野田にとって、石原の言葉は簡単に看過できるものではなく、いつまでも胸に残る「つかえ」となった。

「内輪の会合では、石原さんは『中国と戦争になっても仕方ない。経済より領土だろう』と言っていた。『戦争をやっても負けない』とも言っていた。米専門家の分析として、海空戦力であれば、自衛隊は人民解放軍を凌駕しているという趣旨の話を再三していた。『通常戦争なら、日本は勝てる』という趣旨だった」

「一言も言ってない」

そう首相補佐官の長島昭久が回想すれば、その長島とともに一度だけ、石原を東京都庁に尋ねたことがある官房副長官の長浜博行も「二人で(石原を都庁に)訪ねた際もそういった趣旨のことは言っていた」と証言する。

この時のやりとりについて、石原自身は12年11月20日、園田らと立ち上げた新党「日本維新の会」の代表として東京都内の日本外国特派員協会で講演した際、前原による暴露発言を踏まえて「野田総理との会談の席上、戦争も辞さないと言ったのは本当か」と問われ、こう答えている。

「野田君との会話でそういう悪い評判が立つだろうと思ったから、野田君とも親しい園田君という優れた政治家を同行しました。(中略)そんな『戦争も辞さない』とか、『自衛隊置け』とか、そんなことは一言も言っていません。それは園田君に聞いてもらえば、わかります」

「石原(慎太郎・東京都知事)に好きにされるよりは……」

野田の命を受け、6月頃から中国の外交当局と水面下での接触を加速させ、政府による国有化に理解を求め続けてきた日本側に対して、筆頭外務次官の張志軍、そして、その上司にあたる戴秉国・国務委員らは非公式ながら、尖閣国有化を飲み込む感触を、そんな言葉で日本側に伝えつつあった。

■ 北戴河の声

検証・尖閣国有化(3)2にもかかわらず、日本側が心のどこかで期待していた中国による暗黙の「容認論」を取り巻く空気は、8月になると急変する。その裏事情について、中国政府内に多数の知己を持つ若手の中国研究家、川島真・東大准教授は「8月の北戴河で突然、『何か』があって、全てがひっくり返った可能性が高い」と指摘する。

中国の最高意思決定機関である共産党首脳が北京の暑い夏を避けるために集う河北省の避暑地、北戴河。日本の外交当局が対中国交渉ルートの「大本命」と位置付けていた張志軍と傅瑩・外務次官のコンビが、共産党・中央政治局常務委員会の有力者に日本側からの説明をベースにした「尖閣国有化」の情報を持ち込んだのは8月上旬で、北戴河で新指導部の発足に向けた権力闘争がピークに達していた頃だったとされる。

「石原・東京都による購入よりも、政府による国有化で平穏かつ安定的な維持管理を目指す方が得策ではないか……」

かねて日本側が再三、伝えている説明内容を繰り返し、最高権力が集まる「中南海」の意向を探ろうとしていた張志軍らに対して、報告を受けた最高権力者の一人はこう声を荒らげたという。

「そんな話はうるさい。もう、聞きたくないっ」――。

川島ら複数の中国専門家や外交・防衛当局者らによると、張志軍らが報告を上げたのは次期指導部の中でも親日的と目されていたナンバー2候補の李克強副首相(現首相)だった。

元来、温家宝に近く、改革・開放路線を信奉する国際派の李克強はこの時、すでに政治的にかなり苦しい立場に追い込まれていた。北戴河の非公式会合では、保守派から胡錦濤の改革・開放路線を公然と批判する声が上がった。その矛先は06年に温家宝らが日本を代表する保守派、自由民主党の安倍晋三首相(当時)と合意した日本との「戦略的互恵関係」という対日外交戦略にまで及んでいたからである。

「お前たちが説明しようとしていることはわかるが、日本の権力は一体、どこにあるのか……」

中国の国内事情に詳しいジャーナリスト、富坂聡によると、張志軍、傅瑩に対して李克強はそう言葉を継ぎ、二人を直ちに追い返した。富坂は「李克強にとっては、すでに『はい、わかりました』と言える話ではなくなっていたのではないか」と言う。

この富坂の見立てについて、川島も以下のような言葉で同調する。「この一件以来、中国の外交当局は指導部に対して、日本との尖閣問題について発言する機会を失ったはずだ」

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK16020_W3A310C1000000/

(4)に続く…

■ 検証・尖閣国有化(1)石原都知事の勝算|日米中の交渉の舞台裏で一体何が起こっていたのか…  (投稿日: 2013/03/26)

■ 検証・尖閣国有化(2) 首相官邸の静かな工作|当時の野田首相、藤村官房長官、長浜官房副長官、長島首相補佐官らは何を話し合っていたのか…  (投稿日: 2013/03/28)

■ 検証・尖閣国有化(4) 最終決断、裏目に出た首相特使|総理特使の山口壮・外務副大臣、玄葉外相、岡田克也・副総理…落球を得意とするバックを背に野田首相は失投  (投稿日:2013/03/30)

野田政権の尖閣国有化をめぐる動き

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