検証・尖閣国有化(2) 首相官邸の静かな工作|当時の野田首相、藤村官房長官、長浜官房副長官、長島首相補佐官らは何を話し合っていたのか…

首相官邸の静かな工作  検証・尖閣国有化(2)
(日経「コンフィデンシャル」 2013/3/26)

■ 隠密会議

2012年5月18日、首相官邸――。首相の野田佳彦は内閣総理大臣執務室に藤村修官房長官のほか、長浜博行官房副長官、長島昭久首相補佐官、佐々江賢一郎外務次官、河相周夫官房副長官補らを密かに招集した。このうちの何人かは官邸の「裏口」から入り、首相動向を調べるメディアの目からも見えない隠密行動を取っていた。

この席上、野田は会議参加者に向かって、尖閣諸島の国有化に向けて具体的な行動に移るよう、指示を下している。その瞬間、「チーム野田」の中では最も先鋭的な「尖閣国有化論者」というレッテルを貼られていたはずの長島はある種の驚きを持って野田の言葉を聞いていた。

長島から見て、国が尖閣を買い上げるということはつまり、中国と対峙することになるのはもちろんのこと、内政的にも「東京都が買う」と公言している都知事・石原慎太郎との「全面対決」を意味する。外交、内政上のリスクを全て飲み込み、かつ覚悟した上で、野田は大きな一歩を踏み出そうとしている、と長島は感じた。

検証・尖閣国有化(2) 首相官邸の静かな工作1 「よく、腹をくくったな」

野田の決意に対して内心、長島は思わず、そうつぶやいていた。その日の夜、興奮冷めやらぬ長島は日記帳にこう記している。

「揺るがぬ決断に感銘を受ける」――。

その野田の命を受け、長島は早速、石原に面会を申し入れている。だが、週の前半にはあまり外の人間との面会日程を入れないことで知られる石原と時間の調整がなかなかつかなかった。あれこれ、手を回した上で、ようやく取れた時間は6日後の5月24日だった。

「本当は週明け、月曜日にでも伝えたい気分なのだが……」

はやる気持ちを抑え込みながら単身、都庁に乗り込み、尖閣諸島を政府として所有する方針を伝えようとしていた長島に対して、石原はのっけから戦闘モードで開口一番、こう言い放った。

「国が邪魔をするのかっ」

表向き、長島は「横田基地の話をする」という名目で石原に面会を求めていた。しかし、石原は長島の顔を見るなり、いきなり、「尖閣」という言葉を口に出してきた。石原の腹を探るつもりだった長島はやむなく方針を転換し、正面突破を試みることにした。

都による尖閣購入を内外に宣言した石原にとって、いまさらのように立ちはだかる政府の動きは不愉快きわまりない。だが、その一方で、石原の気持ちのなかにも、本来なら国が買うべきだという筋論も行き交う。だから、思わず、長島を問いただした。

石原:「ところで、政府は尖閣をどうするつもりなんだ」

長島:「今、悩んでいます。(東京都の出方には)冷や冷やしています。ただ、個人的には国が買うべきだと思っています」

石原:「(間髪入れず)その通りだ。しかし、寄付が9億円も集まっている。善意が寄せられ、こっちも退くに退けねえよ。だからといって、俺に義理立てする必要はない。『(尖閣諸島を国が)かすめ取った』などとは言わないよ」

この時、長島は内心、「しめたっ」と思った。石原は何が何でも東京都が購入する、とまで言い張っていない。政府は粛々と物事を進めれば、案外、石原は簡単に降りるかもしれない……。

「(都知事の姿勢に)感銘しました。(野田に)確認して戻ってきますっ」

足早に首相官邸に戻った長島から報告を受けた野田は時をおかず、長浜に対して、地権者との交渉に入るように命じた。これ以降、6月になって野田政権の国有化モードはまず石原、次に対地権者、そして対中国という順番で一気に加速していくことになる。

■ 出口戦略

「国(政府)が買うのが筋だ。筋違いはわかっているが、寄付があるので今更、手を引けない」――。

石原と長島が会った1週間後の12年6月1日、東京都庁の都知事室でそう発言したのは石原慎太郎だった。眼前には野田の命を受け、対石原・東京都交渉を主導していた長島と、地権者・栗原國起との折衝を断続的に続けていた長浜が神妙な面持ちで石原の言葉を聞き逃すまいと身構えていた。

一連の長島とのやりとりの中で、石原が口にした「寄付」とは副知事の猪瀬直樹が発した言葉が契機となって、東京都に全国から寄せられていた尖閣購入のための「義援金」のことだった。後にこの寄付金の規模は総額で15億円近くにものぼることになる。

この席上、長島と長浜は尖閣諸島の国有化を視野に入れて、地権者との交渉を水面下で始めたことを伝えている。

「都が買って国に渡してもいい。(そういう段取りで)密約してもいい……」

長島の記憶によれば、この時、石原はこう漏らしている。同じ日の記者会見でも石原は「国に譲ってもいい」という趣旨の発言をしている。

こうした石原の発言を受け、野田は密かに長島に対して「都知事の真意を確認してくれ」と再度、命じている。長島の問い合わせに対して、石原側近の兵藤茂・特別秘書官は「あくまでも手続きが早い方が優先」という言い回しをした、と長島は振り返る。

この頃、東京都が尖閣諸島を購入する段取りとして想定されていたのは、まず12月の都議会にかけて承諾を得た上で、翌13年3月末にやってくる政府と地権者との賃貸借契約の期限切れを待って、実際の売買契約に至るというものである。

つまり、兵藤が言外に言わんとしていたのは「政府の手続きが早ければ、東京都による購入は論理的に難しい」という類の趣旨だ、と長島は解釈した。

その後、野田は長浜らを通じて、精力的に栗原の説得工作を続けていく。石原に地権者との交渉に入ったことを告げた12年6月1日から約1週間後の6月7日、長浜は栗原に対して、政府が尖閣諸島を購入することを決めたと伝え、最終的な意思確認作業に入っている。しかし、この時点で栗原はなお、「石原さんの顔を立ててほしい……」などと言を左右にしながら、政府にも明確な言質を与えてはいなかった。

「石原さんは『国には絶対に売らないよ』とかなりの自信を持っていたが、実際には地権者は揺れ始めていると思っていた」

その言葉通り、野田は長浜らから逐次、交渉経緯について報告を受けるなかで、栗原の対応に微妙な前向きの空気があることを見逃さなかった。地権者・栗原の胸の内を読みながら、首相官邸は慎重、かつ大胆に一歩ずつ、相手方の本陣へと迫ろうとしていた。

「とにかく、当時の認識としては地権者が『国には売らない』と言ったら、即、アウトという感じだった……」。当時の首相官邸内の切迫感を長島はそう話す。

ギリギリの心理戦にしのぎを削っていた野田の下に思わぬ援軍が朗報を持って飛び込んできたのは、ちょうどこの頃のことである。

「国が買う場合、地権者の『言い値』で買えます」

そう太鼓判を押したのは「久しぶりの大物官僚」といわれていた勝栄二郎・事務次官率いる財務省だった。水面下で野田が調べさせていた予算措置について、勝ら財務省幹部は6月28日、省内の事務方を通じて「尖閣購入には内閣予備費が使える」と報告していたのである。財務省にしてみれば、時の内閣の要請に応じて出動できる類の予算という位置付けではあったが、石原や栗原との交渉などで駆け引きを展開していた野田をはじめとする官邸のチームにとって、この報告が「頼もしい援軍」となったことは間違いない。

■ 静かなアプローチ

長島と長浜が石原に対して、「地権者との交渉を始めた」と告げてから4日後の6月5日、野田は首相官邸で藤村と長島だけを呼び寄せ、尖閣国有化に向けた自らの考えを再び開陳した後、ある指示を下している。

検証・尖閣国有化(2) 首相官邸の静かな工作2 「中国との関係についてシミュレートしてほしい」

この指示を受け、まず長島は自ら東京の中国大使館の幹部らを会食に誘い出し、中国側の腹の内を探る作業を独自に始めている。同時に、後に防衛大学校の学長になる慶応大学の国分良成教授ら日本選りすぐりの中国研究者や、安全保障問題の専門家らとも水面下で精力的にコンタクトを取りながら、尖閣諸島を日本政府が購入した場合に想定し得る様々な事態、シナリオについて意見を聞くなど「頭の整理」を続けた。

その結果、長島らが中国側の「本音」として引き出した感触は「とにかく、東京都にいいようにされるのだけは絶対に困る」というものだった。北京の日本大使館員らを動員して玄葉光一郎外相らが極秘裏に外交ルートで探りを入れた結果、上がってきた情報も基本的に長島が収集したものと同じラインだった。

同じ頃、野田政権の尖閣国有化計画を知る、数少ないキーパーソンの一人、佐々江が山梨県・山中湖畔のホテルで向き合っていたのは中国外務省のトップ、張志軍次官だった。

日中両国が定期的に開催する「日中戦略対話」の席上、両次官は北朝鮮による核・ミサイル問題での連携を確認したほか、10年夏に尖閣諸島沖で発生した中国漁船衝突事件を踏まえ、海上紛争の防止策などを議論している。

さらに東京・外務省で張志軍は玄葉光一郎外相とも面会している。この時、「時折、生じる問題についてはお互いが冷静に対処していくことが大事だ」と伝えた玄葉に対して、張志軍は「突っ込んだ意見交換ができた」と意味深な言葉で応じている。

実は、張志軍がこの時に指摘した「突っ込んだ意見交換」の対象こそ、日中双方の外交当局が日中戦略対話の非公式な「延長戦」として激論を交わした東京都による尖閣購入問題だった。

複数の日中外交筋によると、山中湖畔のホテルで晩さん会を終え、日中双方が数人でプライベートな雰囲気に任せてアルコールを口にする場になった時、いつしか激論が始まっていた。

アルコールの勢いも手伝ってか、尖閣購入について日中関係の「基盤」を損なうことは阻止すべきである、と強い口調で日本側を牽制(けんせい)した張志軍に対して、佐々江や同席した外務省幹部らも「石原都知事が尖閣を購入し、(船だまりの建設など)勝手なことをやるのと、日本政府が国有化に踏み切り、『平穏かつ安定的な維持・管理』に努めるのと、どちらが大局的に望ましいと思うのか」などと真っ向から反論している。その上で、日本側は中国側に尖閣国有化の可能性を示唆し、これに理解を求めたという。

張志軍外務次官―戴秉国国務委員というオーソドックスな外交ルートはもちろん、国交正常化40周年に向けた日中関係の「深奥」にあるパイプ、人脈まで日本側は動員した。もてる、すべての「ルート」を通じて、日本側は懸命に「国有化」が現状の「変更」ではなく、「維持」につながる、と説いた。そして、それが「将来世代に解決を託す」という、トウ小平以来の日中間の「暗黙の了解」を堅持する唯一の道なのだ、と中国の権力中枢に密かに伝えようとしていた。それを日本の外交当局は「静かなアプローチ」と命名した。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK1601V_W3A310C1000000/

((3)に続く…)

■ 検証・尖閣国有化(1)石原都知事の勝算|日米中の交渉の舞台裏で一体何が起こっていたのか…  (投稿日: 2013/03/26)

■ 検証・尖閣国有化(3) 中国指導部、真夏の「急変」|石原都知事の意図を曲解する民主のボクちゃんたち、外交戦略なきアホ民主政権が中国指導部を読める訳がない…  (投稿日: 2013/03/29)

■ 検証・尖閣国有化(4) 最終決断、裏目に出た首相特使|総理特使の山口壮・外務副大臣、玄葉外相、岡田克也・副総理…落球を得意とするバックを背に野田首相は失投  (投稿日:2013/03/30)

野田政権の尖閣国有化をめぐる動き

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