松下政経塾出身国会議員の興亡、次は誰が落ち誰があがるのか…「そして誰もいなくなった」と、なるのだろうか?

12月18日に「民主党・松下政経塾出身者前議員 総選挙当落一覧表」を投稿した。 その後、朝日新聞電子版12月14日の記事「松下政経塾、ひっそり 希望者、ピークの9分の1」という記事を目にした。 民主党・松下政経塾出身衆院議員の今回の当落一覧表だけは足りぬと思った次第である。

今回の衆院選挙前は松下政経塾出身の国会議員は総勢38名いた。 内訳は衆院31名(民主25名、自民6名)、参院7名(民主3名、自民4名)。  選挙の結果、松下政経塾出身の国会議員は総勢34名と4人減った。 参院の7名は当然そのままだが、衆院の数は31名から27名となった。 衆院27名の 内訳は民主8名、自民14名、維新3名、みんな1名、国民新党1名である。 (後段に選挙後12月17日時点での松下政経塾出身国会議員一覧リストならびに選挙前のリストを掲 載。

民主が17名減り、自民8名増、他党が計5名増である。 民主が一人負けしただけだろうか? そうかも知れないが、松下政経塾出身者の勢いが衰えて きているのかもしれない。 前述の朝日の記事によると、かつて900人を超えた入塾希望者は約100人。 1期生23人に対し、今春に入った塾生は4人 だ。 松下政経塾が岐路に立っている…ウーン、そうなのか。 その記事と、松下政経塾出身国会議員の衆院選前と後の一覧リスを掲載して松下政経塾出身国会 議員の興亡を見て見よう…

松下政経塾出身の国会議員の推移(衆院選前)

松下政経塾出身の国会議員の推移(衆院選前)

 

(朝日デジタル 2012年12月14日)

(朝日デジタル 2012年12月14日)

松下政経塾、ひっそり 希望者、ピークの9分の1
(朝日デジタル 2012年12月14日)

松下政経塾が岐路に立っている。かつて900人を超えた入塾希望者は約100人。1期生23人に対し、今春に入った塾生は4人だ。日本維新の会などの「第三極」を目指す政治塾が乱立するなか、野田佳彦首相ら多くの国会議員を送り出してきた名門に何が起きているのか。

神奈川県茅ケ崎市の海岸近くに、松下政経塾はある。2万平方メートルの敷地に研修棟や塔、茶室……。食堂付きの寮は100人が収容可能だ。

松下政経塾。シンボルの「黎明(れいめい)の塔」のほか研修棟(中央奥)、寮(手前右)などが並ぶ=神奈川県茅ケ崎市汐見台

松下政経塾。シンボルの「黎明(れいめい)の塔」のほか研修棟(中央奥)、寮(手前右)などが並ぶ=神奈川県茅ケ崎市汐見台

現在の塾生は12人。体育館では塾生が一人で竹刀を振っていた。

「政治家になれるという打算で入ろうとする人もいる。OBへの光の当たり方で、増えたり減ったりしているだけ。右往左往する必要はない」。参議院議員の中西祐介氏(33)は2010年までの3年間を政経塾で過ごした。

元銀行員。震える手で辞表を書いて、入塾試験に臨んだ。課題の一つは便所掃除。洗剤とスポンジを渡され「2時間でぴかぴかにするように」と言われた。

入塾後は寮での共同生活。午前6時の掃除に始まり、海沿いのランニング。朝会では塾是を唱和し、塾歌を斉唱する。工場で3週間ペンキ塗りを体験し、熊野山中で林業研修をした。

卒業後、故郷の政党関係者から声がかかり、参院入りして2年。いまの政経塾をどうみるのか。「捨て身で入り、同期と議論を重ねたことが財産。思いを持った人が学べる場であることが重要で、極端に言えば、ゼロの年があってもいい」

今春、いくつも政党が政治塾をつくり、衆院選の候補者を促成した。

ある松下政経塾OBは維新政治塾に入って日本維新の会から立候補した。野田首相がしたためた故・松下幸之助氏の哲学「素志貫徹」の書は選挙事務所には飾らなかった。「裏切りじゃないですよ。志を磨き、国家とは何かを考えるのが政経塾。維新塾は全く別です」

政経塾は全寮制。仕事は続けられない。月20万円ほどの生活費が支給されるが、政治家になれる保証もない。維新政治塾では逆に塾生が年12万円の受 講料を払うが、仕事も続けられるし、うまく選ばれれば党公認で選挙に出られる。「不景気だし、退路を断ってチャレンジしようという人が減った面はあると思 う」

維新公認の候補の事務所。松下政経塾の出身者から贈られた「祈必勝」が張られていた=12日午後

維新公認の候補の事務所。松下政経塾の出身者から贈られた「祈必勝」が張られていた=12日午後

東京都内の30代の男性は今年、維新政治塾に入った。政経塾の知人にも話を聞いたが、魅力を感じなかった。「今の日本には変革が必要。OBが民主党の要職についている政経塾では実現できない」

維新政治塾には多くの塾生が詰めかけた。講話で手を挙げても、一度もあててもらえない。話題は選挙対策が増え、人集めが目的のように思えてきた。塾 は辞め、今回の衆院選はあきらめた。「今、思えばミーハーだった」。次はつてを頼って自民党から立候補することを考え始めている。

■「人間作り」に回帰

松下政経塾は、松下電器産業(現パナソニック)の創業者で「経営の神様」と呼ばれた故・松下幸之助氏が1979年、私財70億円を投じて設立した。自民政権が続くなか、「国家観や人間観を持った政治家を育てる」のが目標だった。

日本新党ブームにわいた93年の衆院選で塾出身者の多くが政界入り。民主政権の野田首相、前原誠司国家戦略相、玄葉光一郎外相らのほか、自民党でも逢沢一郎元外務副大臣や高市早苗元少子化担当相らが元塾生だ。塾出身の国会議員は衆院解散前、過去最多の38人に達した。

だが、松下氏の側近で塾開設に携わった江口克彦氏(72)は批判的だ。「松下さんの思いはかなったように見えるが、国民不在で党利党略にとらわれる 今の政治を苦々しく思っているのではないか。塾は人間を作るべき場なのに、政治家になりたい人の『看板』になってしまっている」

松下氏が亡くなった89年以降、入塾希望者は激減し、ここ数年は200人前後。当初5年だった研修期間を4年、3年と短くしてきたが、昨年から4年に戻した。松下氏の研究にあてる時間も増やした。塾関係者は「いま一度原点に立ち返りたい」と言う。

今年は政治塾が相次いでつくられた。河村たかし政治塾、未来政治塾などで、中でも維新政治塾には約3千人が応募した。過去には経営コンサルタントの大前研一氏がつくった一新塾(94年)、小沢一郎政治塾(01年)などがある。

政策研究大学院大学の飯尾潤教授(政治学)は「政治塾が、新たな政治勢力が仲間を集めるための手段になってしまっている。裏返せば今の政治への行き 詰まりがあり、政党が空疎だからとも言える。選挙向けではなく、長期的に有権者と対話していかなければ、不安定な政治はかわらない」と指摘する。

http://www.asahi.com/national/intro/TKY201212131002.html?id1=2&id2=cabcbcbe

12月16日衆院選挙後の松下政経塾出身国会議員リスト
衆参計34名

12月16日衆院選挙後の松下政経塾出身国会議員リスト


衆院選挙前の松下政経塾出身国会議員リスト

衆参計38名

衆院選挙前の松下政経塾出身国会議員リスト

乱立する政治塾は「政治屋」を増やし政治の質の低下をもたらしているだけだ。 松下幸之 助氏の高邁な理想で作られた老舗「松下政経塾」といえども、己の立身出世のみを目的とする政治家を多く世の中に送り出す結果となってしまっているようだ。  幸之助氏が草葉の陰で大きなため息をついているのが聞こえてくる。

松下政経塾出身国会議員の興亡を民主党の瓦解と共にみて行きたい。

関連ブログ投稿記事リンク

■ 民主党・松下政経塾出身者前議員 総選挙当落一覧表 (2012-12-18)

■ <松下政経塾内閣への不安と憂鬱―政経塾出身国会議員38人、民主党28人>迷走する政治、松下政経塾が悪いのか塾出身議員の資質が問題なのか? (2012-5-13)

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