「砂漠のバラ」、シリア大統領の妻・アスマ夫人、その〝虚像〟… Dying “Rose in the desert”

Rose in the desert 「砂漠のバラ」と呼ばれた美貌のシリア大統領夫人、アスマ・アル・アサド(Asama Al-Asad).――巧妙にメディアを利用したシリア・アサド政権の広告塔としての役割を彼女は担っていた…..

巧妙メディア戦略… 「砂漠のバラ」と呼ばれたシリア大統領夫人の〝虚像〟
(産経West 2012.7.1)

 泥沼の内戦状態となったシリアに「砂漠のバラ」と呼ばれたファーストレディがいる。アサド大統領の妻で、英国生まれのアスマ夫人(36)だ。世界的なファッション誌ヴォーグに「優雅で若く、同国の改革の象徴」などと紹介され、欧米メディアは、英王室の悲劇のヒロイン、ダイアナ元妃になぞらえ、「東のダイアナ」とまで称賛された。だが、実際は違った。実はシリアの悪評から関心をそらすため、広告代理店と契約し、自ら広告塔になろうとメディアに売り込んでいたのだ。閉鎖国家に光を灯すかのような人物像は、限りなく虚像に近かった。

■ シリア政権の「広告塔」

赤茶けた遠い街並みを背景にきりりとした表情のアスマ夫人は、女優かモデルのようだった。ファッション誌ヴォーグが昨年3月、独占インタビューを掲載した。「優雅で若く、とてもシックな…」と褒めあげるインタビュー記事には「砂漠のバラ」のタイトルがついていた。

 「宝石はシャネルのネックレスだけで結婚指輪もないが爪は濃い青緑に塗られていた」と身なりを描写する一方、「シリアの女性は男性なみの収入を得ており大学ではベールが禁じられている」と、アラブ世界におけるシリアの先進性も強調された。

記事が載ったのは「アラブの春」がシリアにも本格的に波及してきたころ。当時は、情報統制で外部メディアの取材が許されず、国内で何が起こっているのかほとんど外部に伝わっていなかった。

情報不足のなかヴォーグの記事は、アサド政権の安定ぶりを示す格好の宣伝になった。

■ 「東のダイアナ」「ナチュラル・ビューティー」…

記事が出た経緯を昨年、米ワシントンの議会専門紙が報じている。

それによると、著名なファッション雑誌へのアスマ夫人の記事掲載を助ける名目で2010年11月、シリア政府と米国の広告代理店が契約に合意した。契約料は月々5千ドル(約40万円)だったという。

米紙ニューヨークタイムズは6月、さらに周辺を探った記事を出した。アスマ夫人のメディア戦略は周到を極めた。06年にロンドンの広告代理店と契約して定期的な会合を持ちはじめ、同代理店は首都ダマスカスにコミュニケーション事務所の設立を指導した。この有名代理店は、ブッシュ米大統領のローラ夫人ら何人ものファーストレディを手助けしてきた。

欧米メディアに食いつかせるノウハウは確かだった。やがて成果は現れ、仏週刊誌パリマッチが「東のダイアナ」とする記事を掲載、ファッション誌エルは「世界の政界で最もドレッシーな女性のひとり」と持ち上げた。2009年には後にピュリツァー賞に輝いたこともある米ネット新聞ハフィントンポストが「ナチュラル・ビューティー」としてスライド写真を掲載した。ヴォーグの独占インタビューも、これらの延長上にある戦略の大成果だったのだ。

■ 転がり込んだ大統領夫人の座

アスマ夫人はシリア系の心臓専門医を父に英国で生まれ、ロンドン大を卒業して投資銀行で働いた。ロンドンで眼科医の勉強をしていたシリア大統領の息子と恋愛関係になった。ボーイフレンドは兄が事故死したため、父の後を継ぐことになった。いまのアサド大統領だ。大統領夫人になる運命はおもいがけずめぐってきたのだ。

そんなシンデレラストーリーに加え、モデルにも劣らない容姿がメディアの目をひいたことは疑いない。センスのよいファッション、NPOを立ち上げて慈善事業に取り組む自立した女性、そして何より、イスラム教徒ながら欧米的な価値観を持つ女性…。それがメディアに描かれた夫人像だった。

いまのアサド政権の暴虐ぶりからは忘れられがちだが、「アラブの春」までのシリアは、米国への敵意をむき出しにするイランなどに比べて暴政イメージは弱かった。外交的には欧米と敵対していたが、物腰の柔らかなアサド大統領は改革者の期待も抱かせるほどだった。アスマ夫人がイメージ形成に貢献した役割は小さくない。パリでふたり仲良く散策する姿などは欧米カップルのようで、ヨーロッパ人に身内意識を持たせずにはいられない。

しかし、これら露出したイメージには明白な狙いがあった。ダマスカスにいて夫人のもとで働いたイタリア人女性ライターは「シリアへの否定的な注目を少しでもそらせたかったのです」と、アスマ夫人の意図をずばりニューヨークタイムズに告げている。

■ 高級品を買い漁る現代の「イメルダ夫人」

そして仮面はいま、無残にはがれようとしている。昨春から潜んでいたアスマ夫人だが、今年になって大統領支持者集会に姿を見せた。戦闘地域に支援品を送るボランティアの箱詰め作業に参加する姿も、国営テレビで流されている。アサド夫人はメディア戦略を国内重視に転じたようだ。

滋味あふれるそれらの姿もまた虚像に違いない。今年3月、英紙ガーディアンが入手したアサド夫妻の電子メールから、弾圧を強める間もネットショッピングなどでヨーロッパの高級品を買い続けていたことを明らかにした。

その様子は、1986年のピープルズ革命で政権が倒された際、外国製の3千足の靴や500着のブラジャー、無数の香水などが住まいに残されていたとされるフィリピンのマルコス大統領の妻、イメルダ夫人も彷彿とさせる。

欧州連合(EU)は3月、アスマ夫人を含む大統領の側近12人についてEU域内の資産凍結と渡航禁止を決定。4月には追加措置として、ぜいたく品のシリアへの輸出を禁止した。英国にとってアスマ夫人の出身地であることは、全く不名誉なことになってしまった。

ヴォーグ誌はいま、インタビューの掲載を悔いている。アナ・ウィンター編集長は6月、このような声明を発表した。

「多くの人々と同じくアサド政権が開かれたものになることを願ったが、政権の優先事項も価値観も我々とは全く相いれないことがはっきりした。可能な限りの強い言葉でアサド政権の行動に対する遺憾を表明する」

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120701/waf12070112000004-n1.htm

上記の産経West記事に出てくるファッション誌ヴォーグの昨年3月にはこのように掲載されていた――

また、ヴォーグ(Vogue)電子版は昨年(2011-2-25)以下のような記事を掲載していた http://www.vogue.com/vogue-daily/article/asma-al-assad-a-rose-in-the-desert が、今年の4月に削除されている。

しかし、シリア大統領ネットにはヴォーグの記事全文が転載されており、現在もこのURLから読むことができる http://www.presidentassad.net/ASMA_AL_ASSAD/Asma_Al_Assad_News_2011/Asma
_Assad_Vogue_February_2011.htm
 。)――

Asma al-Assad: A Rose in the Desert

Asma al-Assad is glamorous, young, and very chic?the freshest and most magnetic of first ladies. Her style is not the couture-and-bling dazzle of Middle Eastern power but a deliberate lack of adornment. She’s a rare combination: a thin, long-limbed beauty with a trained analytic mind who dresses with cunning understatement. Paris Match calls her “the element of light in a country full of shadow zones.” She is the first lady of Syria.

Syria is known as the safest country in the Middle East, possibly because, as the State Department’s Web site says, “the Syrian government conducts intense physical and electronic surveillance of both Syrian citizens and foreign visitors.” It’s a secular country where women earn as much as men and the Muslim veil is forbidden in universities, a place without bombings, unrest, or kidnappings, but its shadow zones are deep and dark. Asma’s husband, Bashar al-Assad, was elected president in 2000, after the death of his father, Hafez al-Assad, with a startling 97 percent of the vote. In Syria, power is hereditary. The country’s alliances are murky. How close are they to Iran, Hamas, and Hezbollah? There are souvenir Hezbollah ashtrays in the souk, and you can spot the Hamas leadership racing through the bar of the Four Seasons. Its number-one enmity is clear: Israel. But that might not always be the case. The United States has just posted its first ambassador there since 2005, Robert Ford….. (http://www.presidentassad.net/ASMA_AL_ASSAD/Asma_Al_Assad_News_2011/Asma
_Assad_Vogue_February_2011.htm
)

産経の記事に出てくる「米紙ニューヨークタイムズは6月…」とはニューヨークタイムズ6月10日のこの記事を指しているものと思われっる――

Syria’s Assads Turned to West for Glossy P.R.
(NYT June 10, 2012)

For some journalists, Syria has been one of the least hospitable countries in the Middle East, a place where reporters ― if they can get in ? are routinely harassed and threatened as they try to uncover the repression that has propped up the Assad government for decades.

For other journalists, Syria has until recently been a country led by the cultivated, English-speaking President Bashar al-Assad who, along with his beautiful British-born wife, Asma, was helping usher in a new era of openness and prosperity.

That second impression is no accident. With the help of high-priced public relations advisers who had worked in the Clinton, Bush and Thatcher administrations, the president and his family have sought over the past five years to portray themselves in the Western media as accessible, progressive and even glamorous.

Magazines and online outlets have published complimentary features about the family, often focusing on fashion and celebrity. In March 2011, just as Mr. Assad and his security forces initiated a brutal crackdown on political opponents that has led to the death of an estimated 10,000 Syrians, Vogue magazine ran a flattering profile of the first lady, describing her as walking “a determined swath cut through space with a flash of red soles,” a reference to her Christian Louboutin heels….( http://www.nytimes.com/2012/06/11/world/middleeast/syrian-conflict-cracks-carefully-polished-image-of-assad.html?pagewanted=all)

枯れる「砂漠のバラ」
Dying “Rose in the desert”

◇         ◇

シリア大統領夫人は「現代のマリー・アントワネット」 
欧米で高まる批判

(産経 2012.1.30)

【ロンドン=木村正人】米誌に「砂漠のバラ」と称賛され、シリアの市民生活の向上に尽力してきた英国生まれのアスマー大統領夫人(36)への批判が欧米で高まっている。バッシャール・アサド大統領が反体制派デモへの武力弾圧を強め、国連によると死者は5千人を超えるのに、夫人が沈黙しているためだ。「夫人はとらわれの身と同じで、何も公には発言できない」との同情論もある。

夫人はシリア人でイスラム教スンニ派の心臓専門医を父に、元外交官を母にロンドンで生まれ育った。英国の教育を受け、ロンドン大卒業後、ロンドンやパリ、ニューヨークの銀行で勤務し、4カ国語に堪能だ。バッシャール青年とはシリアに家族旅行した際、知り合った。

ハフェズ・アサド前大統領の次男のバッシャール氏は1992年、眼科医になるため訪英し、夫人との愛を深めた。しかし、94年、体制の後継者だった兄が交通事故で急死、祖国に呼び戻され、運命が急転する。

2000年6月にハフェズ氏が死去、バッシャール氏が大統領に就任した。アサド家はイスラム教アラウィ派(シーア派の一派)で、スンニ派の夫人との結婚に反対の声も上がったが、同年末に挙式。夫人は今も、シリアと英国の2つの国籍を有する。

2人は宮殿ではなく高級アパートに暮らし、夫人は息子2人と娘1人を車で学校に送り迎えした。デザイナーズブランドを着こなし、赤い靴底で人気の仏クリスチャンルブタンを愛用。交流サイト、フェイスブックも開設した。

さらに、職能組合を通じて社会の組織化を図ってきた支配政党バース党の機構とは別に、若者や新興ビジネス層に対し、NPO、NGOを通じた弱者擁護や貧富の格差解消などの社会・経済問題の解決とより自由な社会の実現を訴え、異色のファーストレディーとしても注目された。

しかし、昨春に反体制派デモへの弾圧が始まると、夫人は沈黙した。昨秋に招かれた国際救護員が、市民が犠牲になっていることを報告すると、無表情で聞いているだけだったという。

今月の大統領の演説に、夫人が寄り添っていたため、「弾圧を支持している」「(最後は処刑される)現代のマリー・アントワネット」と欧米メディアに批判され、ロンドンの実家には爆弾の落書きが残された。一方で「彼女は何が起きているのか全て知っているが、沈黙させられている」という擁護論もある。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/120130/mds12013023280010-n1.htm

参照:  Wikipedia (英語版)  Asma al-Assad」 (アスマー・アル=アサド) http://en.wikipedia.org/wiki/Asma_al-Assad

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