<ユーロ危機を演出するヘッジファンドの正体> 一押し記事。

ユーロ危機を演出するヘッジファンドの正体
経済ジャーナリスト・西野武彦
(日経 2012/5/30)

ヘッジファンドの影響力が世界で増しています。ギリシャやイタリアなどの国債を売り浴びせ、国債を暴落(金利は上昇)させ、ユーロ危機を招き、円を歴史的な高値に吊り上げ、原油や金、穀物などの商品価格を高騰させています。

昔を振り返ると、英国のポンドを売り叩いて、英国に大きなダメージを与えたり、東南アジア諸国の通貨を次から次へと売り浴びせ、それらの国々に深刻な経済危機を招いたこともありました。

欧州連合(EU)諸国ではヘッジファンドの規制を強化すべきだという声がたびたび上がっていますが、米国や英国などは規制に反対したり、消極的な姿勢を貫いています。

EU諸国では、金融取引税(いわゆるトービン税)の導入に前向きですが、米国や英国が反対しています。

投機資金の規制は、各国が足並みをそろえて実施しないと、効果がありません。投機資金は規制のある国からない国に移って、規制のない国で投機を仕掛けるからです。

最近は米国でも規制の必要性を認める声が上がっており、オバマ政権も重い腰を上げて、規制に乗り出していますが、せいぜいヘッジファンドに登録を義務づける程度の軽い規制にとどまっています。

ヘッジファンドとは一体、どんな団体なのでしょうか。その正体に迫ってみましょう。

ヘッジファンドの運用残高(総額)は2011年10月末で約2兆ドル。このうち年金基金を中心とする機関投資家の資金は約1.1兆ドルと50%を超えています。この1.1兆ドルを地域別で見ると、北米が70%、欧州が27%で、欧米の年金が大半を占めています。

ヘッジファンドは、どこに拠点を置いて活動しているのでしょうか。ヘッジファンドの多くが、形式上の本社(ペーパーカンパニー)をタックスヘイブン(租税回避地)の国や地域に置いています。

それを具体的な数字で見てみましょう。2005年7月に出された「ヘッジファンドを巡る最近の動向」(日本銀行)によれば、次のようになっています。

投資資金を管理する事業主体の所在地を見ると、ケイマン諸島33%、米国31%、英国領ヴァージン諸島11%、バミューダ諸島8%、バハマ3%、ルクセンブルグ3%、アイルランド3%、その他8%となっています。

この数字で見る限り、タックスヘイブンの国や地域が55%に達しています。その他を含めると、もっと多くなる可能性があります。

タックスヘイブンの国や地域に本社(その大半がぺーパーカンパニー)を置いていると、本国による監督・取り調べの手が及びにくく、情報が外部に漏れない、という利点があるほか、税金も格段に安い、というメリットもあります。

ヘッジファンドにおける投資マネジャーの所在地の割合を見ると、米国52%、英国19%、バーミューダ諸島6%、フランス3%、オーストラリア1%、香港1%、シンガポール1%、日本0.4%、その他17%となっています。

この数字で分かるのは、ヘッジファンドの大半は米国と英国に集中しており、両国を合わせると約7割を占めている、ということです。

EU諸国が求めるヘッジファンドの規制に米英が強く反対し続けてきたのは、ヘッジファンドを守ることが、両国の国益につながるからにほかなりません。

ヘッジファンドの運用法は、主としてオルタナティブ運用によって行われています。オルタナティブ運用とは、実物資産(株式、債券、通貨、原油・金・穀物などの国際商品など)を直接運用するのではなく、先物、オプション、スワップなどのデリバティブ(金融派生商品)、空売りなどを使って運用することをいいます。

デリバティブ取引は、買いから入ることも、売りから入ることもできるため、相場が上がる時も下がる時も利益を出すことが可能です。

このように、相場が上がっても下がっても出せる利益を絶対的収益と呼んでいます。ヘッジファンドはこの絶対的収益を目指して、資金運用を行っています。

また、報酬は運用手数料(純資産の1~2%程度)に加えて、成功報酬となっているため、高い運用成績を挙げれば挙げるほど、ヘッジファンドの報酬が増えるため、高い運用利回りを目指して、ハイリスク・ハイリターンの運用を行う傾向があります。

ちなみに、成功報酬は利益の10~20%程度が一般的とされています。

ヘッジファンドは特定の大口投資家から資金を集め、さらに金融機関から資金を借りて、投資資金を大きく膨らませて、その資金をデリバティブ技術を駆使して、運用しています。

また、デリバティブ取引を利用すると、手元にある運用資金の何十倍、何百倍もの投資ができますので、相場が予想通り動けば、大きな利益を手にすることが可能です。

その仕組みは投資信託と非常によく似ていますが、投資信託は不特定多数の投資家から資金を集めるのに対して、ヘッジファンドは特定少数の大口投資家から資金を集めています。

ヘッジファンドに運用資金を委託しているのは、主として大手金融機関や年金基金、個人の資産家などです。

つまり投資信託に投資するのは、小口の個人投資家なのに対して、ヘッジファンドに投資するのは、プロの投資家が多いという違いがあります。

このため、投資信託では素人の個人投資家を保護するため、細かい規制が設けられていますが、ヘッジファンドに対する規制はほとんどありません。

また、米政府の元要人や米連邦準備理事会(FRB)の元幹部などが大手ヘッジファンドの幹部に就任していたことがかつて明らかになって話題になったように、政府やFRBなどに太いパイプを持っているヘッジファンドも少なくありません。

また、米国のヘッジファンドの主催者、あるいはファンドマネジャーにはユダヤ系米国人が多く、同じくユダヤ系米国人が深く関わっている大手金融機関とも太いパイプでつながっているといわれています。

ユダヤ系米国人は、学者やジャーナリスト、実業家などで大きな成功を収める人が多く、人口に占める割合は低いものの、米国の政界、財界、学会、マスコミ界などにおける影響力は絶大です。

「金融資本はどこであれ、最も儲(もう)かるところに移動していく。個々の国はそれを繁栄の先駆けとしてこぞって引き寄せようとする」とユダヤ系アメリカ人の著名投資家ジョージ・ソロス氏は語っています。

「金融資本はどこであれ、最も儲かるところに移動していく」というのは事実です。

しかし、「個々の国はそれを繁栄の先駆けとしてこぞって引き寄せようとする」というのは、かなり疑問です。

そういう国もあるのでしょうが、そうでない国の方が圧倒的に多い、というのが実態をより正確に表している、といえるでしょう。

へッジファンドなどに通貨や国債などを売り叩かれた国(昔の英国、東南アジア諸国、最近のEU諸国など)は、国内経済が大混乱に陥り、国際通貨基金(IMF)などの支援を受けないと、立ち直れないほど大きなダメージを受けています。

国際的な投機資金が大量に流入し、株価が高騰した新興国の株式市場も、それらの資金が立ち去った後は、株価が急落・低迷(バブル崩壊)し、景気に深刻な悪影響を与えています。

その一方で、ジョージ・ソロス氏は、そういう投機資金の投機活動が、世界経済に大きな弊害をもたらすことを熟知しており、かなり早い時期から次のように規制の必要性を唱えています。

「市場原理に任せたらどうかという議論が騒がしいが、市場原理に任せるというのが不安定に任せるという意味だとすれば、社会はどの程度の不安定まで受け入れることができるだろうか。市場原理はもう1つの原理によって補完されなければならない。それは公共政策である」と。

各国政府(特に米、英)は、この声に謙虚に耳を傾け、行動に移すべきときに来ているようです。

http://www.nikkei.com/article/DGXNMSFK2102M_R20C12A5000001/

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