あえぐ年金基金、むらがる野村OB、はびこる社保庁OB天下り

事件は、色々な要素が複合して臨界点に達したときに起きる。 今回の「AIJ投資顧問年金消失事件」は何が複合したのか―

■ あえぐ年金基金

問題の種は1967年(昭和42年)に厚生年金基金制度が作られた時にまかれた。 高度経済成長まっただ中の日本そして世界経済は右肩上がり、その状況で年利5.5%を保証する楽観的厚生年金基金は始まる。

誰しも永久(とわ)の繁栄を願う。 しかし歴史はそれはあり得ぬことだと答える。 古代屈指の政治家、ギリシャのペリクレスが築いた「ペリクレス時代といわれるアテネの繁栄」も30年しか持たなかった。 厚生年金基金制度は30年経った1990年代後半に喘(あえ)ぎ始める。 入る金より出ていく金の方が多くなる、そして5.5%のくびきがドンドン首を絞める。

目減りする年金原資を補てんする余力のある「単独型」や「連合型」厚生年金基金は2002年の法改正と共に非現実的厚生年金基金から離脱する。 離脱したくても離脱できないのが中小企業の「総合型」厚生年金基金なのだ。

なぜなら、離脱するには厚生年金「代行部分」を穴埋めして国に返納しなければならない。 sしかし、その金が無いのだ。 保障利率5.5%を下げるには参加会員各社の4分の3以上の同意が必要だ。 ほとんど不可能。 解散も出来ない、利率も下げれない中小企業の「総合型」厚生年金基金はこのジレンマのなかでできることは基金を維持して「タコが自分の足を食う」運営を続けるしかなかった。 後は高利回りの投資に乗り換えるという禁断の一手しかなかった…..

■ 群がる野村OB、はびこる社保庁OB天下り

今回のAIJ事件の主役達は野村証券のOBだ。 それも、ついこの前のオリンパス事件に連なる野村OBとただならぬ接点がある。 にっちもさっちも行かぬ中小企業「総合型」厚生年金基金の素人運用者達は彼らの格好のカモだった。

そのカモにネギを持たせた旧社会保険庁OB達….. 最も糾弾されるべきはその先達となって動いた「東京年金経済研究所」の石山勲氏である。 彼が「FJ新春インタビュー」で5ページに渡って述べている金融の知識はその手の本を数冊読んだ程度のものだと思うのは私だけだろうか。 権威と祭り上げた業界も彼のレベルの低い事は承知の上で、その旧社会保険庁役職を宣伝用の看板に使ったに過ぎないのではないか。

こともあろうに投資運用知識のない旧社会保険庁OBが646人も厚生年金基金に天下っているとは…開いた口も塞がらない。 さて、小泉政権での金融緩和政策で乱立した投資顧問会社….被害はAIJ事件で済むのだろうか? 済むわけはない、今すべての事が改革を迫れている。 今これを是正していかなけければ、我が日本に未来はない。

この事件の登場人物達の相関関係を見ると、事件は計画的詐欺のように思われてしかたない…っと思うのは私だけだろうか? カネが全ての世の中になって人の心も荒廃し、何がグローバリズムなのか? れを予言していたのは憂国の天才作家、今はなき三島由紀夫である。 その死に当たっての檄文にはこう書かれている….

『われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さ ずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国 家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければなら なかった。

まさに、今の日本の現実を言い当てているではないか! 故・三島由紀夫がこの檄文を後世の我々凡人達に残し割腹自決したのは42年も前のことである。 天才は半世紀も前に、放っておくと日本がどうなるかを予言していた。

ともかく、このAIJ事件に連なる面々を紹介すると……

AIJ社長の浅川和彦氏(59)は横浜市立大学卒業で、75年に野村證券に入社。個人営業部門で実績を積み上げてきた凄腕で、「成績はトップクラスの伝説の営業マンだった」というのが野村OBの評。京都支店営業次席、熊本支店長と出世階段を上っていったが、突然、退社した。バブル崩壊で、個人的な株投資で失敗し借金を抱えたためといわれている。

94年に個人顧客を引き連れて外資系の米ペイン・ウェーバーに転じ、一介の営業マンとして日本株を売る個人向け営業に携わった。この時の上司がオリンパス事件で指南役として逮捕された野村證券OBの中川昭夫容疑者(61)。同じ指南役を務め、所在が不明となっている野村OBの佐川肇・アクシーズ・アメリカ元社長は同僚だった。運命のいたずらというほかはない。

中川氏はペイン社を辞めたあと、佐川氏とともにアクシーズ・ジャパン証券を設立し、オリンパスの損失隠しの指南役を務めることになる。一方、浅川氏は、96年頃に歩合外務員として一吉証券に移った。営業マンとして抜群の成績をあげ、個室と秘書を与えられるという破格の待遇を受けた。当時の一吉証券での女性秘書がAIJの高橋成子取締役である。

その後、独立してAIJの前身の投資顧問会社を買い、2004年ごろから企業年金を扱うようになる。AIJの実質支配下にあり、信託銀行を通じて募集した年金資産をタックス・ヘイブン(租税回避地)のケイマン諸島で運用していたアイティーエム証券(同一ビルに入居)の西村秀昭社長は、山一證券の国際部門の出身。山一が破綻しため98年に同社を設立。浅川氏が外資系証券会社にいた当時からアイティーエムの西村氏とは盟友だったという。営業一筋の浅川氏が企業年金を集め、国際業務に精通した西村氏が運用する役割だ。

☛「AIJ取締役・高橋成子  大手証券会社の投資信託販売をしていたが、浅川和彦氏の外資系ペイン・ウェーバー証券での営業時代に知り合う。その後、一吉証券で佐川氏の秘書となる。 佐川氏のAIJ社長就任にともなって同社役員となる。 また、平成17年2月から19年6月まで旧社保庁OB・石山勲氏の東京年金経済研究所の役員も兼務し、実印を預かり、会社の庶務については実質的な決定を行い実務全般を取り仕切っていた。

☛「AIJ取締役・松木新平(67)  野村証券元常務。東京特捜が担当した大物総会屋「小池隆一への利益供与事件」(平成9年5月)で、野村證券の酒巻社長・藤倉常務と共に逮捕され、懲役八月(執行猶予三年)の刑を受けた。

つづく…..

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当ブログのAIJ問題関連記事リンク:

■ 浅川社長、高橋成子取締役の役員報酬は一体いくらだったのか?(毎日vs日経  (投稿日: 2012-03-24)

■  受託金最終運用はシンガポールの証券証券会社だった (日経3/22)  (投稿日: 2012-03-22)

■ 証券監視委、アイティーエム証券を強制調査へ ― 預かり資産で損失穴埋めの疑い(日経)  (投稿日: 2012-03-20)

■ <AIJ、衆院参考人質疑> こんなジジ達に質疑して何の意味がある。衆院財務金融 委員会のパフォーマンス、税金の無駄づかいだ! 
(投稿日: 2012-03-14)

■ そのカラクリはこうだ、スキーム図解! 解約用に資金プールも…  
(投稿日: 2012-3-9)

■ あえぐ年金基金、むらがる野村OB、はびこる社保庁OB天下り 
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■ <AIJ、旧社保庁OBの関与> 旧社保庁幹部23人が厚生年金基金に天下り  (投稿日: 2012-03-03)

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